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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」4
翌日、課長から薄いファイルを手渡された。
うわ、ほんとに私が調査するんだと改めてプレッシャーがのしかかってくる。渋々ながら中を確認すれば、わずか2枚のペーパーが綴じられていた。
○三田祥子、36歳、父(登、59歳)、母(素子、55歳)、妹(瑞穂、22歳)の四人家族。
現在一人暮らし。
○杉田真一、45歳、30歳で結婚、元妻(牧村すみれ、41歳)、一人娘(玲、14歳)。
二年前に離婚。現在一人暮らし。
あとは簡単な経歴と現住所しか記載されていない。
なにこれ。たったこれだけ。目を通すのに数分もかからない。これじゃあ、再就職の履歴書の方がまだ詳細に記載されている。この程度の情報で、なにを調べろというのよ。
思案したところで、霧の中でもがいているのと同じだ。一歩も前に進めない。
私は帰宅してからペーパーに記載してある携帯電話の番号を押した。
携帯電話の発信音は鳴り続けるだけで、彼女は出てくれなかった。
意思を持って拒否された。
私は怪しい者ではない。こっちは非通知にしていないのに。それに十回以上も鳴らせばワン切りのいたずらじゃないんだから電話に出てくれてもいいのに。用心深いのかな。しかたがない。明日は土曜日だから彼女のアパートを訪問してみよう。会社では話しにくい内容だからと、私なりに気を配った判断だ。
私は土曜日の午前中に彼女のアパートを訪ねた。アパートは駅から徒歩十五分の二階建。
彼女と会うことはできたが、タイミングが悪く、人と会う用事があり、これから出かけるところだと迷惑そうな口調で彼女が説明する。
私は彼女の容姿を見て、用事があるというのは、私と話をしたくない口実なのではと彼女の言葉を疑った。
彼女は人に会うにもかかわらず、すっぴんで、服は相当着込んだTシャツに、ビンテージ物ではなく使い古したジーパン姿であり、運動靴を履いている。どう見ても着替えるのもおっくうで、近所のコンビニへ行くようなかっこうだ。
私は思考している間に置きっ放しにした言葉を取り戻し、突然の訪問を詫び、名刺を差し出し、会社のことで話を聞かせてください。と早口で用件を伝えた。
彼女はとても急いでいる様子で、早足で歩きながら私の話を聞いた。
「とにかく明日の夕方まで戻りませんので。どうしてもと言うのであれば、週明け、会社でお願いします」
私は彼女と歩調をあわせ、横向きの姿勢で携帯電話の番号をメモ書きにして伝え、先日も電話を入れたことを付け足した。着信履歴を消されている可能性もあると思ったからだ。
彼女はわかりましたと返事をして駆けだした。
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