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二 「愛しているかと訊かれると」17
杉田さんは誰に対してでも同じように、あいさつをし、声をかけ、気を配っていた人らしい。以前の聞き取りからしても間違いない評価だろう。さりげなく応援してくれたり、励ましてくれたり、労ってくれたり、迷えばちゃんと理解できるまで丁寧に示唆してくれたり、と信頼に値する上司像と判断できる。
杉田さんは彼女だけを身びいきしたわけではない。
彼女にとって、職場の人間関係におけるスタイルは変わっていない。プライベートの時間は誰とも付き合いはしない。歓迎会は出席せず、彼女の印象についても、おそらく、やんわり評価したとしても、杉田さんには「変わった人」として伝えているだろう。
彼女は、勤務時間外は仕事とプライベートをきっちり区切りをつけているといっても、残業をしていないのではない。当然、忙しい時期には残業もこなしている。
総務課に勤務して二年目となれば、仕事の進め方も慣れてくる。手際と工夫が活きてくる。経験が物を言うのだ。自分の部屋に帰ってなにかをする目的がなくても、だらだらと残業をして時間の浪費となるようなことはしない。工夫しても期日までにこなせない仕事があるときにはやむなく残業をする人だ。
彼女が杉田さんに対して心の扉を開きかけたことには理由がある。
彼女は職場内において、社交性に欠け、取っつきにくい雰囲気を醸しだし、付き合いも乗りが悪く、いわゆる協調性がない存在である。過去の上司や同僚からは、あきらめからか、無愛想ゆえにかまわなくなるのか、徐々に浮いた存在として放置されてきた。原因は自分にあると気づきながらも、態度を改めることも、性格を変えることもできずにいた。
彼女が早朝出勤も含め数日の残業が続いたとき、杉田さんが彼女のそばに来て声をかけた。
「三田さん、最近、よくがんばっているね。忙しい時期もあるだろうけど、無理しない程度に気をつけてください。人間、身体が資本だから」
また、仕事に区切りがつけば、「がんばったね。ご苦労様でした」と一言労いの言葉を付け足してくれたようだ。職場内でなじみを持たなかった自分に対して、投げ出すこともなく、労いの言葉をかけ続けてくれたのは、杉田さんが初めてらしい。
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