二 「愛しているかと訊かれると」18

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二 「愛しているかと訊かれると」18

 彼女は杉田さんの真意を確かめたくて、「どうして私が、その、がんばっていると思うのですか」と訊ねれば、「部下の仕事ぶりを見て判断するのは僕の仕事だからね」とこともなげに答えたと、彼女は明るい表情で語った。  彼女は社会人になって、初めて自分を見てくれる人がこの世に存在した。それも身近にいた。自分の行為を、自分の姿を、自分の真意を、観て、感じて、評価して、正直に伝えてくれる。杉田さんとの関係に自分の存在意義を感じたのではないかと私は思う。  彼女は杉田さんの声かけに興味深い感想を述べている。  杉田さんは部下に対して「がんばれ」とは言わない人だという。 「がんばれ」の言葉は、がんばっている人には追い打ちをかけるような言葉に聞こえる。周りの人に対してであっても、「がんばれ」と言う言葉を聞けば、「がんばっているのに」と私はいつも息が詰まる思いをする。と打ち明けてくれたことだ。  確かに、「がんばれ」と「がんばっているね」は、言われた相手の受け取り方が違うと私も思う。 「がんばっているね」は上司からちゃんと見てくれていると感じられる、安心と優しさと信頼を含んだ言葉だ。  杉田さんが彼女にかけた言葉は、周りの人にとっては普段と変わらない言葉なのかもしれない。けれど、彼女にとっては、優しさであったり、気遣いであったり、善意であったり、心底うれしく思える言葉なのだろう。  彼女が杉田さんに対して徐々に心を開いたのは、人としての尊厳(そんげん)を与えられたような言葉かもしれない。いつも杉田さんから笑顔と労いの言葉をくれる。次第に彼女のネガティブな思いが溶けていったのだろう。
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