一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」5

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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」5

 私は彼女の背中を見送ったあと、彼女の印象を思い浮かべた。  彼女の第一印象を表現するならば、「地味」の一言に尽きる。森の中であらゆる敵から用心深く隠れているような、口も、目も、耳も、すべてが「しん」としている表情をしていたと思う。自らの「生」と「存在」といったものを極力目立たせてはいけないと自分に言い聞かせているように、静かにひっそりと生きているように思えた。  ただ、彼女の感情が一瞬だけ動いたように見えたことがある。 「会社のことで」と私が言ったとき、彼女はおどおどした表情とそぶりを見せた気がする。やはり会社の人間関係でなにかあるのでは、と少なからず彼女を疑う気持ちを抱いた。  私は彼女のそぶりや受け答え方を思い出し、この調査は意外と手こずって長引くかもしれないと不安を感じた。  日曜日の夜、私は彼女に電話を入れ、次の土曜日に訪問する約束を取り付けた。  まずは一歩前進だ。  さて、それまでになにかできることはないかと考え、彼女の外堀から、周りの人間関係から、客観的な情報で状況を把握し、彼女の人物像を把握することにした。  しかし、外堀の話は、半分から八割程度に差し引いて判断をする。その時点では確信を持たない。簡単には結論を出さない。どんな人にでも、自分の行為には自分なりの理由と根拠がある。どんな発言や印象を持っていたとしてもだ。私なりに注意は(おこた)らず、偏見(へんけん)を抱かずに元同僚たちから情報収集をしようと考えた。  だが、単刀直入に彼女のことを訊ねれば、あらぬ(かん)ぐりから悪い噂が広まってしまい、彼女に迷惑をかけてしまう。どんな噂も最初の核となる物は小さい。ささいな噂でも尾ひれがつく。雪の(かたまり)が転がって雪だるまのように大きくなっていくように。それが原因で訪問の約束がご破算になってしまうこともある。そんなことにはならないように、嘘の口実を考えた。
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