二 「愛しているかと訊かれると」19

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二 「愛しているかと訊かれると」19

 ある日、彼女が携わる搬送関係でトラブルが起きた。  商品の搬送日を聞き間違えたというトラブルが起きた。 「数日後」と連絡を受けた商品は倉庫に収まりきれず、管理者から苦情が来たという。  彼女は杉田さんに伴われて現場へ急いだ。メモをしたつもりですが、「ようか、8《はち》(にち)」を「よっか、4《よん》(にち)」と聞き間違えてしまったようです。と途中で彼女が状況を説明した。 「搬送計画に基づき運搬車両を手配している。予定通りに進めてもらわないとスペースと車両の手配がむちゃくちゃになる」と搬送側から苦情が寄せられた。  一通り事の次第を説明した彼女が「でも」と言いかけて、そのあと口をつぐんだ。  現場に着いたとき、相手の管理主任さんがかんかんになって怒っていた。管理主任ばかりが苦情を並べる。二人で事情を説明する。管理主任さんの怒りはおさまらない。彼女と電話の受け答えをした女性職員は終始押し黙っていた。なにも説明をしてくれない。何度も杉田さんが(うやうや)しく頭を下げてお詫びする姿勢にやっと管理主任さんが怒りをおさめてくれた。  帰り道、「お茶でも飲んで()さを晴らそう」と杉田さんが彼女を誘った。自分のせいでトラブルが起き、杉田さんが頭を下げて謝ってくれた。  相手の管理主任は杉田さんだけに目を向けて、下っ端の自分には目も向けてもらえなかった。  トラブルをおさめるには肩書きも必要なのだと思い知らされた。個人の責任だけではすませられない。会社としての責任がのしかかる。迷惑をかけた杉田さんの誘いを断って会社へ帰るわけにはいかず、このときばかりは彼女もつきあうことを了承した。  テーブルに注文した飲み物が運ばれると、彼女は杉田さんに謝った。杉田さんは彼女が事情を説明したあと、「でも」と言いかけたことを聞き逃していなかった。 「三田さん、あのとき言いかけたことはなんですか」 「あとから考えれば、あのとき、確かに、私は日にちを確認しました」 「わかっているよ。直接対応した職員がなにも苦情を言わなかったことから判断をしても、相手にもミスがあったのかなと思ったけどね。ただ、厳しいことを言えば、曜日とかはどうですか。何日の何曜日、何時頃、どこどこですね。と念を押すことも大事ですよ。お互い忙しいと、無意識に別の案件と勘違いしていることもあるから。君なら確かに確認を怠っていなかったのだろうとは思っているが、それでもこちらの言い分を押し通すよりも、百歩譲って、事を納める。押し問答をしている余裕がなかったので、是非よりもどう解決するかが大事だと思った。君のプライドを傷つけて申し訳ないが、今回は許してください」  彼女は頭を下げる杉田さんに恐縮して、もう一度素直に謝ったという。 「私が納品関係で間違いをしてしまったのは、あの一度きりです。今は日時と曜日で確認をするようになりました」と最後に彼女が告白した。
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