88人が本棚に入れています
本棚に追加
/183ページ
二 「愛しているかと訊かれると」20
どんな職種に就こうが、苦情については日常茶飯事と表現しても差し支えはなほど誰もが経験していることだ。クレイマーやモンスター○○という人たちはどこにでも存在する。彼女が受けた洗礼はしつこく繰り返される。何度も同じ説明をしても一向に解決に至らない。電話を受けてから、かれこれ三十分から四十分は相手の言い分につきあわされている。
相手の主張はといえば、一度、相手方が指定した場所に商品を納品したが、数日後、ある場所に搬送して欲しいとの要望である。
彼女は繰り返し相手の言葉を反復しながらメモをとっている。別の店へ搬送するので運搬車を出せという相手側の無茶な要望である。転売目的の手段で運送料を削減したいという思いが見え隠れする。
「ですから何度も申し上げていますように、そちらのご要望にはお応えしかねます」
とお断りを入れたが、相手は引かない。杉田さんはメモを手にして電話で受け答えしている彼女の目の前に差し出した。しばらくお待ちください。と伝えて、杉田さんと電話を交代した。
「お待たせしまし。課長の杉田と申します。そちらのご要望は承っておりますので、一度、こちらで再検討させていだだきます。はい。そちらもお忙しいでしょうから時間は取らせません。明日にでも早々にご返事をさせていただきます」
杉田さんが受話器を置いて席に戻ると、彼女が杉田さんを起きかけるようにデスクのそばまで近寄った。
「杉田課長、本当に検討するのですか」と彼女が困り果てた表情で確認をする。
「今回のケースはしないよ。無理難題を言ってるのは明らかだから」と杉田さんは、しれっとした表情で答えた。まるで種明かしマジックのような返答だ。彼女が目を丸くしてしばらくその場でたたずんだ。彼女がどうしていいのか戸惑っていると、「明日には解決させますから、三田さんはもう席に戻ってください」と杉田さんが言って、何事もなかったように、途中まで読みかけていた書類に目を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!