二 「愛しているかと訊かれると」21

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二 「愛しているかと訊かれると」21

 翌日、杉田さんは自ら相手方に電話をかける。 「一度、納品した商品を他店へ搬送する件ですが、こちらもいろいろ検討をさせていただきましたが、転売目的における搬送については、申しわけありませんが応じることはできかねます。ですが、次回、事前に搬送先を申し出てくだされば、こちらもそのように対応させていただきます。そうしていただければ、当社にも搬送の経過が記録に残りますので、新しいケースとして今後の参考にさせていただきます。どうでしょうか。……はい。……ええ。そうですか。……いえいえ。ではまたよろしくお願いします。失礼します」  なんとも和やかな雰囲気で電話を終えた。  彼女が杉田さんに近寄り、見ての通りであるが、どうでした。と訊ねれば、ご理解いただきましたよ。と杉田さんが彼女に笑顔を向けた。  昨日はすごい剣幕(けんまく)で怒っていたのに、彼女は感情の豹変(ひょうへん)を不思議に思った。 「一日経って相手も冷静になったようだ。もともと無理な申し出なのは明白だが、昨日は、はっきり断られたので、頭に血が上って引っ込みがつかなくなったんだろう。本人も結果は出ていると思いながら、もしかして、あるいは、どうにか、と可能性の低い期待感で待っていたと思いますよ。今回のことは、とばっちりだと思って流してください」  杉田さんはこつこつとまじめに働く彼女をほめて、案件を終了した。  当時、彼女は、物事のすべてが、是非、善悪、正否、を判断して、心の命ずるままに、正しく生きることはできないと悟ったようだ。  電話でのトラブルは別のケースでもあった。受話器からも近くの人に聞こえるほど怒鳴り声が聞こえる。恫喝と判断できる。 「いえいえ、けっしてそのようなことではなく、先ほどから申し上げていますように」と彼女は一生懸命冷静に対応した。  杉田さんが、今回も同じように彼女に近づきメモを見せて電話を交代した。彼女は杉田さんに謝ってから受話器を手渡した。また、杉田さんに迷惑をかけてしまった。電話のあと、もう一度謝らなければと考えながら杉田さんの横に立って待った。
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