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一 「愛しているかと訊かれると」22
しかしながら、今回は杉田さんの対応が違った。
「はい。私も先程から三田の対応を聞いておりましたが、そのような発言はしておりませんが。ええ、三田は懇切丁寧に何度も説明をしていたと受け止めています。いえ、そのような発言はしておりませんでした。……いえ、そのようなことはございません。……はい、……はい、けっこうですよ。いつでも来てください。お持ちしています。では失礼します」
杉田さんが電話を終えると、「もうすみましたから」と彼女に伝えて一息吐いた。
彼女は電話の内容が気になり、杉田さんにどうなったのか内容を訊ねた。
「横暴な物言いをする人だね。三田さん、ご苦労様でした」と杉田さんが締めくくる。
彼女は理解できず、再度、訊ねた。
「覚えていろよ」と相手が捨て台詞を残して電話を切ったらしい。
彼女は一瞬息をのんだ。
「こっちだって忙しいんだから、明日まで覚えてらんねよ。べらぼうめ。ねぇ、三田さん」
杉田さんが口元を緩めて江戸っ子のように冗談ぽく彼女に伝えた。
彼女はどう反応していいのかわからず、ぽかんとした。
「あの、三田さん、今のは笑うところですから。冗談ですよ」
杉田さんが笑みをこぼす。
「そうなんですか」と彼女はまだ理解に苦しむ返答をした。
「何度も訊かないでください。恥ずかしくなるから」と気恥ずかしく言って、杉田さんが席に戻っていく。背中にたくましさを感じられた。
杉田さんの笑顔を見ていると安堵と信頼感が満ちあふれてくる。彼女は、安心できる人がそばにいる。頭では考えても、ひそやかな心細さがずっと居座っていたが、あのとき、彼女はやっと居心地のいい場所を見つけることができたと実感したらしい。
「私なんかのことを誰も気にもとめていないと思っていたけど、ちゃんと守ってくれる人がそばにいる。生きるための毎日が、楽しい毎日に変わりました。会社での時間が私に穏やかさを与えてくれました。私の人生で新緑の日ともいえるでしょう」
彼女が笑顔を見せて告白してくれた。
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