二 「愛しているかと訊かれると」24

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二 「愛しているかと訊かれると」24

 さて、これまでは彼女の仕事環境における出来事に終始した。  彼女が就職してからの期間は、家族となにもなかったわけではない。彼女を悩ます種はいくらでも(はら)んでいた。  母親は何かにつけて理由を並べ、彼女からお金をむしろうとする。妹が中学へ進学、三年後に高校へ進学、また三年後に大学へ進学。その度にお金が入り用だと彼女へのたかり構造は変わらない。  家族からの要求が日増しにずうずうしくなり、月に一回の催促が増えてくる。彼女の給料は増えることもなく、生活を切り詰めても、要求に対する工面には限度がある。振り込みに行く足が重くなり、遠のくも、先送りした負の要因は残されたままだ。けっして気分が晴れることはない。会社を離れて部屋に帰った途端、頭痛や目眩(めまい)を感じることが多くなった。会社へ行けば、一時的に症状は治まるが、会社で寝泊まりするわけにはいかない。付け加えて、妹からの手紙が来て、学用品でお金がいる。部活道具を購入したい。友人とのつきあいにお金が必要になる。お金を送ってもらわなければいじめられる。と姉をあてにしたお小遣いの催促をされるようにもなった。一度手を差し伸べれば、際限なく食いついてくる。生活に限界を感じた彼女は意を決して実家に電話をした。 「今月は部屋の更新代や大学への返金とか、いろいろ物入りで振り込むお金がない。毎月の仕送り以上に望まれても無理です」  彼女は生活が苦しい理由を伝えて家族に納得してもらおうと試みたが、 「お前が贅沢(ぜいたく)をするからだと(ののし)られた。お前には贅沢をさせない。幸せになんてさせない。家を飛び出して、私らより裕福になるな。自分だけ楽しいことや贅沢な生活をするのは許さない。早く金を送れ」  と罪悪人を責めているように数々の理由をつけて罵倒(ばとう)された。彼女の行為に対するありがたみなど、これっぽっちもなかった。彼女を絶望に追いやるには充分な言葉で切りつけている。一生懸命働いて稼いだお金を、自分の生活のために使うことは、母親にとっては、気を損ねる理由になるらしい。だから不意にお金の入り用になったと説明しても理解してもらえず、無駄遣いが過ぎるとか、親をなんだと思っているとか、しつこく叱責される。仕事の忙しさに追われる混濁(こんだく)の中で、家族のたかりや寄りかかりが、彼女の生活をずっと浸蝕(しんしょく)しつづけていたのだ。家族と離れなれない(こく)な運命をかこちながら、会社では杉田さんから存在自体を必要とされる自分を認識して、自らをはげましていたのかもしれない。  しかしながら、何事にも限度がある。彼女は心身ともに疲れ果て、生命の意味や意義が見失われてたのではないか。彼女の緊張の糸が切れ、彼女は会社で倒れてしまった。杉田さんに伴われ、救急車で病院へ搬送された。
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