二 「愛しているかと訊かれると」25

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二 「愛しているかと訊かれると」25

 彼女の病状は過労と栄養不足と不眠が原因らしい。二日か三日も入院すれば退院できるとのこと。  点滴を打ち続けている彼女が目覚めたとき、ベッドの横の椅子に腰を下ろして見守っていた杉田さんがほっとした表情を浮かべた。 「家族のこととはいえ、一人で抱え込んで無理するなよ」  杉田さんがを彼女に顔を寄せて、静かな口調で話しかけた。  彼女は杉田さんの顔を見て気が緩んだのか、堰き止めた重荷が崩れたのか、彼女から涙があふれ出した。彼女は嗚咽(おえつ)混じりに詰め込んだ胸の内を語った。 「私、お金を稼げなくなったら、自分が無駄な人間になるんだと。必要のない人間になるんだと。恐ろしくて、怖くて、潰れそうになる日があります」 「何を言ってるんですか。今の世の中、無駄な人間を雇うほど、会社に余裕なんかないですよ。個人的な話ですけど、あなたは人に福をもたらす人ですよ。僕はあなたに充分助けられています。今、詳細な話はできませんが、僕はあなたに支えられているときだってあります。あなたはもっと笑っていいんですよ。だからもう、強がらなくてもいい。泣きたいときは甘えてもいい。誰でも家族のことで思い悩むことがあります。だから家族以外にも大切な人を作ってもいいんですよ」  もうどんなことにも背伸びをしなくていい。しっかりと自分を見つめ、守り、信頼してくれる杉田さんがそばにいる。杉田さんの優しい表情と柔軟な姿勢が彼女の心を(いや)やしたのだろう。彼女はとめどなく涙を流したそうだ。  杉田さんは彼女の見舞いを欠かさなかった。土曜日に退院するときは、杉田さんが付き添ってくれた。部屋に戻ったときは、日用品などすぐに必要なものは買いそろえてくれた。彼女は杉田さんの行為に恐縮と安堵を胸にした。  今まで、どこを見渡しても見上げなければならない建物に囲まれた、息が詰まる威圧感のある空間で、彼女は、やっと一筋の差し込む光を見つけたのだ。  彼女と杉田さんは仕事以外でも電話やメールを交換し合うようになった。
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