二 「愛しているかと訊かれると」27

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二 「愛しているかと訊かれると」27

 年末年始、孤独な人にとっては心寂しい季節となる。  故郷へ帰れる人はそれぞれの交通手段で道程を急ぐ。  日常的な街の喧騒は鳴りをひそめ、閑散とした隙間が目立ち、会話は口をつむぐ。  仕事で帰れない人はともかくとして、人に言えない事情で帰りたくても故郷に帰れない人は、時間の長さだけ、無口がつきまとう。孤独を増長させる栄養剤となるにはうってつけの季節だ。  彼女は椎名先生に電話をかけて、寂しいから年末年始を先生と一緒に過ごしたいと伝えた。  椎名先生は彼女が胸の内を素直に伝えられる成長を喜び、逆に提案を持ちかけた。  椎名先生は彼女が家族からたかられている事実を知っている。また心労から入院したことも杉田さんの連絡で耳にしている。夜遅くに家に来ても、一日中家の中で隠れているわけにはいかない。もし、家族の誰かに見つかったら。もし、誰かが見かけて家族に告げ口をしたなら、彼女は身ぐるみはがされて放り出される仕打ちを受けるかもしれない。空想の理論といえどあり得ない可能性ではない。  椎名先生は県外で一緒に過ごすことを提案する。 「そうね。草津温泉なんてどうかしら。主人が居た頃、退職したら草津温泉に行きたいわね。と話したこともあるのよ。草津よいとこ一度はおいで、って言うじゃない」  椎名先生は心を弾ませて計画を練る。トントンとリズムを取るように強引に話を進めて椎名先生が盛り上がる。  彼女は椎名先生の張りのある声に乗せられて、はい、はい、と返事をした。  翌日、椎名先生が旅行会社に出向いて、どうにか空き室を探して予約をした。  二人は三十日に到着駅で待ち合わせをした。三泊四日の年越し旅行である。交通費以外はすべての費用を椎名先生が出してくれた。  彼女は気兼ねするから少しでも払わせて欲しいとお願いをしたが、椎名先生は拒んだ。 「人は年を取ってくると、一人では贅沢ができなくなってくるものなの。あなたが居てくれるだけで、おいしい料理や広い温泉に入って、マッサージまでして、心身ともにケアができる。なによりも気遣いしなくてもいい話し相手が二十四時間つきっきりでいるというのは贅沢なことですよ。私は心から楽しんでいるのですから。あなたも気を遣わず、もっと楽しんでください。でなければお金がもったいないわよ。人の好意は素直に受けて喜ぶものです」  彼女は深々と頭を下げて感謝した。
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