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二 「愛しているかと訊かれると」28
大晦日は、朝から温泉に入り、近辺を歩き回り、夕食後には二人で紅白歌合戦を観た。何年ぶりだろうと彼女は思いを巡らす。小学生以来のことかもしれない。一年の総決算。沢山の歌手が趣向を凝らして流行の曲を披露する。新聞のテレビ番組を確認しながら、次は白組の誰、次は紅組の誰、とわくわく感が止まらない。楽しい。自由な時間を愛する人と過ごす時間は、足湯のように体がポカポカして気持ちがいい。新年を迎える番組を観て除夜の鐘を聞く。
「こんな時間まで夜更かししたのは何年ぶりかしら。十年、二十年、あらやだ。女性が十年単位で話をするなんて恥ずかしいわね」
椎名先生が顔を赤らめて笑った。彼女も一緒に笑い声を上げた。
「新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
定番のあいさつを交わし合える喜びを感じた。
元旦の朝、おせち料理を目にして二人は目を見張った。
「なんて豪華な料理ですこと。昔、広告で見たおせち料理を注文したのですが、届いたときはがっかりしました。写真とは似ても似つかぬほどみすぼらしくて。伊勢エビなんてこんなものなのよ。あれはミニチュアよ。まるでアメリカザリガニみたいで。酷かったわ」
椎名先生が両手で大きさを表現するのではなく、親指と人差し指でサイズを表現する。彼女は両手で口をふさいで笑った。
「祥子ちゃんは飲めないのに、私だけ朝からお酒を飲ませてもらって。ごめんなさいね。でも、幸せ」
彼女は笑みを絶やさず、椎名先生の顔を見つめる。
午後にはお土産売り場をゆっくり観賞して回る。お店をはしごしてお土産を選ぶ。手にした土産物を見ては二人ではしゃぐ。椎名先生は近所の方や自分用のお土産を買い込んだ。彼女は目移りがして悩みに悩んだ。決めあぐねていた彼女に椎名先生が声をかける。
「誰に買って帰るの。それとも会社の人」
そうだ。杉田さんにだけ買って帰るのは不自然で迷惑かもしれない。でもなにか買って帰りたい。
「会社の人たちに」
「何人。じゃあこれ、このお饅頭なんかいいわよ」
と椎名先生が指をさしたお土産に決めた。
旅館までの帰り道、彼女の心は空を飛んでいるような心地よさを感じた。この上もない至福の時を過ごしたのだ。
二日は椎名先生と名物の駅弁を食べながら帰路に向かった。
椎名先生と別れるときは、ちょっぴり寂しさを覚え、目に涙を浮かべた。
「あなたは今のままでいいのよ。無理をしないでね。体だけは気をつけてね。楽しい旅行でした。またよろしくね。ありがとう」
あたたかい言葉をいただいて、彼女は生きていてよかったと二人旅行を思い出した。
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