二 「愛しているかと訊かれると」29

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二 「愛しているかと訊かれると」29

 正月休みを終え、彼女は出勤した。  同僚へのお土産には、皆が皆、目を見張って驚きを見せた。 「まさか毒饅頭じゃないですよね。ヤバイかも」  ささやき声にはがっかりさせられた。  素直に喜んでくれてもいいのに。彼女の思いが通じたのは杉田さんだけ。  ありがとうの言葉に心が()やされた。  しかしながら、話はこれで終わらなかった。人は日頃しなれないことをすると、邪推(じゃすい)な噂が生まれ、尾ひれがつき、一人歩きをするものらしい。 「最近」と前置きをして、あらぬ推測が並べられる。 「顔に艶が出た」  いえいえ入社当時から変わらない薄化粧ですけど。 「表情が明るくなった」  いえいえ、以前も笑うことは数回だけどありましたよ。 「体に丸みが出てきたんじゃない」  そりゃ正月料理をたらふく食べましたから。 「男の体臭を感じるときがある」  失礼な。私の体臭です。  と私なら言い返すところだが、彼女は完全無視を決め込んだ。  同僚達が勝手に旅行の噂を立てる。 「温泉に一人旅?」 「そうりゃあ一人旅にはならないだろ」 「きっと男が出来たに違いない」 「お忍び旅行?」 「不倫だ」  などと誰一人弁護をする者はいなかった。  彼女は大きなため息をついてあきれた。 「お忍び旅行で饅頭など買って帰るか!」と叫んでやりたいくらい、考えればすぐにわかることでしょ。と私は自分のことのように怒りをあらわにした。 「私のことですから」と冷静な彼女にたしなめられた。
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