二 「愛しているかと訊かれると」30

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二 「愛しているかと訊かれると」30

 お土産騒ぎのあと、次なる記念日はバレンタインデーが近づいてくる。  彼女の気持ちは浮いたり沈んだり時間の経過で変動する。杉田さんにはいつも感謝の気持ちを抱いている。自分にとって大切な存在であることもわかっている。だけど、お土産騒ぎのこともあり、あらぬ噂が広がることも避けたい。日頃からしないことを突然したりすると、やはり杉田さんに迷惑をかけてしまうことにもなる。でも、女だから渡したい気持ちも強い。喜んでもらえる顔も想像してしまう。炊事場での思い悩みは繰り返す。会社の帰りに待ち伏せして手渡す。私のイメージからして、きっと怖いと思われはしないだろうか。これが民主主義の多数決なら満場一致でアウトだろう。誰にも気づかれない方法。彼女にひらめきが走った。これなら明日、決行できる。思いが実現できる。  始業ベルが鳴る前に、朝一番の飲み物をみんなに出していく。当然、課長である杉田さんには最初に持って行く。配り終える前に、杉田さんが、あっと声を上げた。一同が杉田さんに顔を向ける。彼女が杉田さんのデスクの前に立ち、どうかされましたかと訊ねる。彼女の視線はカレンダーに視線を合わす。彼女の視線に気づいた杉田さんが十四日を目に映す。 「ありがとう、おいしいよ。みんな、驚かせてごめん。温かいのでビックリした」 「課長、何言ってるんですか、寒い季節にアイスは出さないでしょ」 「ごもっとも」  杉田さんはそれ以上話題にはしなかった。  彼女が杉田さんに出した飲み物は、バレンタインデー用のホットチョコレートを淹れたのだ。彼女にしてはお茶目な成長だろう。杉田さんはカレンダーを見て気づいたのだ。だからこそ、「ありがとう、おいしいよ」と彼女にお礼を伝えた。  互いが好意ある気遣いを察知して会話を成し得ている。良い関係が育まれていると言えるだろう。
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