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二 「愛しているかと訊かれると」33
彼女は早朝出勤をし、職場内を眺めた。ゴミ箱にくしゃくしゃにされて捨てられているペーパーを見つける。手にして丁寧に広げて確かめた。
おぞましい文字が目に飛び込んできた。目を見張り、わなわなと身体が震えてきた。胸が激しく鼓動する。くらっと目眩を覚え、吐き気さえもよおしてくる。気分が悪い。目の前が暗くなる。しゃがみ込んで、フロアに手をついて、身体を支える。ぐらぐらと身体が揺れ、ぺたりと両膝を突いて、デスクの側面に肩を預け、かろうじて倒れることを逃れた。
どうしてこんなことに。自分の周囲に突然現れた不穏なざわめきがどういうことなのか理解ができた。理解はできても、理由、根拠、意味、がわからない。誰がなんのために。気が動転してくる。杉田さんもきっと困っているはずだ。
私と関わる人はなにかしら負担を強いられる。私のなにがいけないのか。人を恨まず、人の悪口も言わず、人を避けて生きてきた。なのに、私の存在自体が負の遺産になっている。私は成長していない。だからといってなにもしないわけにはいかない。これ以上杉田さんに迷惑はかけられない。でもどうすればいい。方向感覚を失った渡り鳥は目指す島を見つけられず、旋回しながら同じ場所から離れることができない。殻に閉じこもろう。昔もそうした。そうやって生きたきたじゃない。初めてではない。もう経験積みだ。杉田さんから距離を置けば、くだらない噂など、いずれ忘れられる。いつか忘れられる。きっと忘れられる。何度も呪文のように自分に言い聞かせた。
異郷の空間では、わけのわからないことで充ち満ちている。しかし、なにも対策が浮かばない。
彼女は、孤独と閉塞から、一度は解放されて喜びを手にしたにもかかわらず、たちまち抑圧されたのだ。
彼女の魂は恐ろしい矛盾で苦しみつづけたのだろう。
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