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二 「愛しているかと訊かれると」34
彼女は杉田さんに対して、そっけない態度を取り続けた。
最初、杉田さんは肩透かしにでもあったようにきょとんとして彼女を見つめた。思い当たる節に理解し、彼女がどういう態度を取っても、今までと変わらない態度で接した。
しかし、二人で出かけることはひかえた。日々、精神の混沌に脅かされつづけた。どうしてこんな噂が。何度考えても結論がでない。数日が過ぎても、噂の火種は鎮火しない。尾ひれに尾ひれがついて、ますます噂が増殖して広がりを見せる。二人の関係がぎくしゃくしてくる。彼女は無駄な気遣いで杉田さんの心身を浪費させないために、会社ではつかず離れずの関係を保った。
杉田さんから何度かメールが送られてきた。迷惑をかけて申し訳ないといった内容のものだ。
彼女は返信をしなかった。杉田さんの気持ちはわかっている。しかし、甘えてはいけない。昔と同じ。昔に戻っただけ。繰り返す説得に頭では納得できても、光が差した心地よさを知ったあとでは、寂しさや苦しさが増している。感情の箍が外れて、心が乱れてくる。自分では正常心を制御できず、壊れそうになってくる。噂を否定したい。誤解を解きたい。私が杉田さんを守るためにできること。
彼女が取った行動は杉田さんも驚かせた。
朝礼のあと、彼女が手を上げて、皆さんに申し上げたいことがありますと声を発した。一同の視線が彼女に集中した。ごくりと唾を飲み込む人もいた。
「先日からあらぬ噂が広がり、職場の皆様に大変ご迷惑をおかけしていることを申し訳なく思っています。噂は事実無根ですのでご心配なさらずにいてください。課長さんは噂のような人ではありません。それは皆様も知っていることだと信じています。ただ、私が課長さんにあこがれていだけです。課長さんは悪くありません。私が……」
「やめなさい」
杉田さんが職場中に聞こえる大きな声で彼女の発言を制止させた。
彼女に向けられた視線が一瞬で杉田さんに向けられた。
杉田さんは発した声とは違って怒っていなかった。むしろ笑みを浮かべ彼女に目を向けた。
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