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一 「今のあなたに、彼女を受け入れる覚悟と勇気がありますか」7
次は服装のことだ。
彼女は毎週同じ服を着ていたという。
月、火、水、木、金と、曜日でどの服を著るのか決めているようだ。それ以外の服装はみたことがなかったらしい。
一年を通して全部で十着しか持っていないようだと言った。
夏服で五着、冬物で五着。春物、秋物は持ってないようだと。そうかといってヨーロッパ的に、自分の気に入った良いものだけを買って着こなしてるわけでもない。けっしてブランド物を着ているわけでもなく、どこにでも売ってあるような服装だと話した。
服装の話に付け足して、ネックレスやイヤリングなど、飾り物を付けているのも見たことがないとも言う。
鞄やバッグも持たず、今時リュックサック、それも中高生が持っているようなリュックサックらしい。
そこで、笑っちゃうわよね。と三人が大爆笑する。
続いて出てきたネタは香水のことだ。彼女は香水の匂いをさせたことがないらしい。その代わりいつも石鹸の匂いが漂っていたという。
「あれで、男の気をくすぐっているとでも思っているのかしら」一人目が彼女をけなすと、「その感覚って、昭和じゃない。やばいよねぇ」と二人目が続けてけなす。
「そう言えば、あの人、以前ちょっと若い社員に誘われてなかった?」
「あった。あった。何課か忘れたけど、ちょっかい出してた男がいたわね」
「そうそう、いたいた。ありえない物好きが」
私は興味を持って身を乗り出して聞いた。
「それはどんな男性ですか。同じ職場の人ですか」
「総務課によく出入りしてた人ですけど、何度か彼女を食事とかに誘ってたみたいだけど、まったく相手にされてなかったわよね」
「あんなチャラ男、誰も相手になんかしないわよ。でも彼女にふられたとなるとやばいよねぇ。立つ瀬ないじゃん」
「みっもないよねぇ」
「人生の汚点だね」
しかしまあ、次から次へと他人の悪口がよく出てくるものだと呆れを通り越して感心した。敵にした女って、集まると怖い。
「ところで、あなたたちは彼女からなにか悪いことをされたとか、なにか悪口を言われたこととかあるのですか」
「ううん、別にないけど」
「そうね。特にこれと言ってなにかもめたわけでもないし」
「強いて言えば、存在よ、存在、あの人の存在自体っていうやつ」
「だよね」と三人が声と意思を一致させる。
恨みはないが、なぜか彼女を非難している。三十路一歩前の私としては、普段なら先輩後輩の区別なく、人として注意したいところだが、使命が残っている限り、ここで雰囲気を壊して情報収集を中断するわけにはいかない。
私は話題を変えて三人に訊いた。
「そう言えば彼女、以前なにか噂になったことがありませんでしたか」
私の呼び水に、三人が思い出したように何度もうなずきながらしゃべり出した。
当時の課長との不倫話だ。
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