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三 「君がそこまで言うのなら」2
杉田美智子さんに会いに行く足取りは重かった。
杉田さんの祖母、杉田美智子さん、現在八十八歳。
先日の電話で、声から美智子さんを想像すると、ちゃきちゃきした感じで、とても高齢者とは思えぬほどしっかりしている。
「あんたかい、他人の過去をほじくり返しているっていうやからは。そんなことをして楽しいかい」
美智子さんは第一声からぴしっと注意する口調で、私は初対面の洗礼を受ける羽目になった。
「いえ、そういうつもりはありません」と言い訳をすれば、「そういうつもりもどういうつもりも、それはこっちが決めることだろ」そんな風に言われると、私はぐうの音も出ない。私は謝りから会話を始めた。交渉としては最低のすべり出しだ。そもそもこちらがお願いをする立場であることは明らかだ。けれど、相手に先制された交渉では、致命傷になる雰囲気で、がつんと言われた。
こちらはお願いする方で弱い立場である。
あちらは断定した発言で、終始会話が進む。
土曜日は知り合いが訪ねてくるから絶対に無理だと言う。
「もし明日、勝手に訪問したなら家からたたき出すからね。覚悟しな」
きつい口調で美智子さんが言った。
「ご迷惑をおかけするようなことはけっしていたしません」
私は念書的に約束をさせられて、どうにかこうにか日曜日の訪問を許された。
私は今、手ぶらで歩いてる。それは、
「くだらない菓子折なんか持ってくるんじゃないよ。あんたは知り合いなんかじゃないんだかね」
と美智子さんに強く釘を刺されたからだ。
相当気難しい人に思える。よせばよかったのかも。後悔が見え隠れする。聞き取った目印の角を曲がる。数軒目で庭が見える家らしい。門の前で表札を確認する。「杉田」、間違いない。約束の時間を確かめて、軽くベルを鳴らす。数秒間、無言が続く。もう一度ベルを押した。
「何度も押さなくても聞こえてるよ。せっかちだねぇ、最近の若い子は」
玄関の戸を開けて、杉田美智子さんが姿を現す。私は深々と頭を下げてあいさつをする。
「いつまでも玄関の前に突っ立ってないで、早く入りな」
私は小走りになって玄関に入ると「こっちにあがっておいで」と声がする。私は靴を脱いで、並べ直してから家の中へとあがった。
「お客さんじゃないからね、お持て成しなんかできないよ。そこへ座っとくれ」
「おじゃまします」
「じゃまだとわかってんだね」
うわぁ、めんどくさい。そういう意味じゃないでしょ。今のは社交辞令でしょ。いちいち話の揚げ足取る人だ。言葉尻を捉えられないように気をつけないと。
はあ、先が思いやられるわ。
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