三 「君がそこまで言うのなら」8 

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三 「君がそこまで言うのなら」8 

 中学三年になる春休み中に、友人が父親の転勤で青森県へ引っ越しをした。   孫はしばらくおとなしくなった。学校では過去の噂が広まり、誰も孫と話をしないだけでなく、近寄ってくる者もいなくなった。孫はクラスで浮いた存在になる。誰も口には出さない嫌悪が距離を作り、杉田さんの存在自体が悪い空気のように、教室内を汚しているような扱い方を受けた。  ある日、孫は寂しさのあまり、約束もなく、急に母親に会いに行った。居場所は美智子さんからもらったメモに書いてある。数時間かけて目的地についた。家の前まで来たが、呼び鈴を鳴らす勇気が出てこない。  しばらく家の周りをうろついていると警察官に呼び止められる。なにをしている。と問われても答えられない。黙って道路を見つめていると、不審者がいると通報した母親が外に出てきた。警察官が「通報した不審者は彼か」と母親に訊ねると、「そうです」とはっきり答えた。孫は母に視線を向けて見つめた。母はやっと自分の息子であることに気づいた。母が警察官に説明をする。不審者の嫌疑(けんぎ)が晴れたことはいいが、母は懐かしく抱きしめてくれるでもなく、優しく語りかけてくれるでもなく、帰りの電車賃にもならない千円札を一枚手渡し、「もう来ないで」と冷たく突き放した。  孫は母親から三度も捨てられた。  その日の晩、母親から美智子さん宅に電話が入る。 「新しい家族の生活ができて、今、幸せに暮らしている。あの子に入られて家庭を壊されたくない。もう、来させないでくれ」と頼まれた。 「それでも母親かい」と美智子さんが怒り出せば、「あなたの孫でもあるでしょ」と自分の家庭に介入させない返事をした。母親には話し合いの途中で一方的に電話を切られた。  そばで電話の内容を聞いた孫がどんよりとした表情でくすんだ目を美智子さんに向けた。  美智子さんはすぐに言葉が浮かばず、孫を抱きしめた。 「孫は、母親と同じ姓を名乗って生きることを実の母から拒まれた。血のつながりだけでは家族になれない。なにを付け足せば家族って言えるんだろうねぇ。あの事件以来、母親とは会わずじまいで。あの頃の孫は、冬しかない季節で生きていたんだよ」  美智子さんがしんみりした口調で言った。
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