三 「君がそこまで言うのなら」26

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三 「君がそこまで言うのなら」26

 私が勤務して一年が経った頃、彼女とは日常的な会話ができるようになりました。イベント関係で一緒に出かけることもあります。私は背広ですが、彼女は私服になることもあります。スカートであったり、パンツであったり、派手な服装ではなく、人に不快感を与えないことを心得ているような服装です。  ある日、私が彼女に普通に思ったことを言ったのですが、これも大変驚かれまして。 「三田さんは、なんでも着こなしているね」 「そんなことを言われたの初めてです」  あまりにも彼女がビックリしているので、一瞬、これはセクハラになったのかなと申し訳なく思ったのですが、彼女が間を置いて、「ありがとうございます」と笑ってくれましたので、ほっとしました。でも、次からは女性に対して外見的なことを気軽に言ってはいけないと気をつけるようにしました。  先程も申しましたように、彼女の変化が如実(にょじつ)に現れました。私が声をかけていると他の者も彼女に声をかけるようになりました。彼女も柔らかい表情で受け答えをしてくれるようになりました。それと彼女のアンテナは(あなど)れないとも思いました。というのも、私が家族の頼まれ事や仕事の都合で約束を守れなかったとき、事前に電話をいれていたのですが、家に帰ればこっぴどく叱られることもあって、それを部下に、男性ですけど、「昨日はまいったよ」といったぐあいに、愚痴のような、泣き言のような、小言を言ったこともありましてね。それを彼女は耳にしていたのでしょうね、彼女と出くわしたとき、 「報われなくても、家族のために黙々とがんばっている姿って、ヒーローみたいでかっこいいですよね」と小声で伝えてくれました。  あちゃあ、しっかり聞かれているじゃないか。恥ずかしいやらちょっと怖いやらで複雑な心境でしたが、実は、ほっとした自分もいたのです。なんとなく彼女の言葉に救われたような気になりました。
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