三 「君がそこまで言うのなら」27 

1/1
前へ
/185ページ
次へ

三 「君がそこまで言うのなら」27 

 ある日、彼女とは息が合うなと感じたことがありました。  デパ地下のイベントにかり出されたとき、イベントは大盛況で終わりましたので一安心でしたが、帰りに職場のみんなにスイーツをお土産に買って帰ろうということになりまして。どのコーナーもおいしそうに見えて、決めあぐねていたのです。それで、コーナーごとでどれが良いと思うか、せーので、互いに指をさすと、これが見事にすべて一致するのでびっくりでした。「気が合うね」なんてことを言いながら笑い合いました。  彼女を見ていると、自分のほしいものだけを指さしていくあどけなさがありました。  彼女は社会に対して好奇心でいっぱいでした。やっと心のベールを脱いだような感じで。人目の警戒心を取り除き、幼き頃の純粋な稚拙(ちせつ)さを取り戻したような想い出です。  二人でお土産を買ってデパートを出たときは、爽快(そうかい)な風を感じた楽しい日になりました。  彼女とのことでとても不思議なことがありました。  二人で残業をしてたとき、ちょうど喉が渇いてきて、私が飲み物を二つ買って職場に戻りました。 「どちらを飲みますか」と訊けば、「どちらでも」と彼女が遠慮します。 「じゃあ、じゃんけんで勝った方が先に選ぶ」と決めて、じゃんけんをしたことがあります。それで気合いを入れて始めたのですが、ずっと、あいこなんですよ。何度やっても決着がつかない。途中でおかしくなってきて笑い転げました。 「双子かよ」って、私がツッコミのように言えば、「年が離れてますけど」と、彼女が冗談ぽく言い返してきたのです。あれはほんとに笑えたなぁ。で、私が首を傾げながら、「こんなこともあるんだ」と言ったとき、「途中から課長さんに合わせてみました」と不思議なことを彼女が言いました。えっ。と聞き返したのですが、彼女は恥ずかしそうに笑って、「これ、当たりです。おいしい」とすぐに話題を変えました。しつこく訊くと彼女が困るだろうと思い、そのまま彼女の話題に乗っかりました。  心の中では、今、流行のスピリチュアルなんとかみたいな感じだな。完璧に心を読み取られている。と思ったら、あわてて胸を押さえて隠しました。 「どうかしましたか」と彼女がキョトンとして私に目を向けた。私は顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかるくらい、顔に熱を感じました。あとで考えれば、心を読み取られているからって、胸を押さえてもしょうがないのにね。あのときは理由を聞けなかった。どうしてわかるの。伝わったの。と訊ねる勇気がありませんでした。でも、二人の間に変な空気が流れまして、恥ずかしいような、照れるような、口にしてはいけないような、快さと危機感が入り交じったような、言い表せない気持ちです。彼女も二人の雰囲気になにかを感じ取ったのでしょう。急に、(せき)を切ってしゃべり続けていました。  今まで言葉をため込んでいたように息巻く感じで。あのときは安らかな気分を味わえました。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加