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三 「君がそこまで言うのなら」28
杉田さんは彼女とのエピソードをいくつか語ってくれた。
次は彼女に対する杉田さんの本心を訊こう。彼女のことをどう思っていたのか、独身となった今なら言えるはずだと私は心を躍らせた。
しかし、私は肩透かしにあいました。
会話の主導権は杉田さんが握っています。
「私たちがあの事件に巻き込まれた話を先にしましょう」
トラブルは、上司から部外秘として、新ポストの話を伝えられたときから始まったとしか思えない。と杉田さんが神妙な顔つきになった。
唾を飲み込む緊張感が私の身体を囲んでいく。
杉田さん以外にも、もう一人候補者がいたという。そのことを知ったのは、上司から推薦できないと聞かされたときらしい。
新しいポストの抜擢をされたのが、同期のやつでね。あいつも勝手に競わされて迷惑だと思う。あいつは、私みたいにトラブルに巻き込まれることはなかったようです。昔から鼻のきくやつで、トラブルになるようなことには首を突っ込まない。今回も敏感に察知して一歩引いてたのかもしれない。世の中には波風立てずにスマートに生きていくやつもいるもんですよ。うらやましい限りですね。私には無理なことです。昭和時代に流行った、「不器用ですから」って言葉が好きになりました。
あのトラブルは、というより私にっとては事件ですね。
あの事件は怪文書がFAXで流されたことから始まりました。
「企画総務課の杉田課長は部下の三田祥子さんと不倫関係にある。真っ昼間から堂々と二人で食事をし、街を歩く仲睦まじい姿は見ている者にとって恥ずかしさを覚える」
怪文書を手にして、ばかばかしい。誰がこんな稚拙な悪戯をして喜んでいるんだ。くだらない。とペーパーをくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てました。
彼女がまだ出勤していなかったことが幸いでした。
いずれにしても根も葉もないことなので、無視していればそのうちおさまるだろうと思っていましたが、事態はそうあまいものではありませんでした。
会社中に噂が広まる速さが尋常じゃなかった。みるみるうちに誰もが知っている噂となりました。私が思うよりも話題性が高かったようです。
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