冴子

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冴子

 永太と冴子は、入籍だけするとのことだった。 (いつだっけ。今度の大安の日に婚姻届を出すとか言ってたな……)  カレンダーを睨む。四日後。時間はない。歩美は、その日が来る前に、何としても冴子の正体を暴き出そうと、日付を丸で囲んだ。 『いっちょやるぞー』  カレンダーの写真を投稿する。  さて、どうすればこの結婚を阻止できるか。 (冴子を尾行でもする? いや、住所も勤務先も何も知らないや……。ひとまず、親が大反対するっていうのはどうかな? 時間稼ぎにはなるか?)  歩美は自室を出て、父の部屋へ向かった。 「パパ、あのさ?」  がばっと驚いたように歩美に振り返った父は、顔を青くして、見ていたパソコンを慌てて閉じた。 「うん? どうした?」  取り繕うように口角を上げる。 「え、どうしたのパパ。顔色悪いよ」 「そうか? いつも通りだけど」 「ほんと? 疲れてるんじゃない?」 「大丈夫だよ。それで、どうした?」 「あーそうだ。あのさ? お兄ちゃんの結婚のことだけど、ぶっちゃけどう思う? 何か変だと思わない? パパとママが反対してくれたら、お兄ちゃんも考え直すんじゃないかと思って」  父のデスクにあった煎餅をもらって開ける。 「え、ええ? そうか? パパ、反対なんかしたくないなぁ。永太が選んだことだしな」  歩美は、ぱりぱりと煎餅を嚙み砕く。 (こっちも怪しいな……) 「んーそっか。そうだよね。考え過ぎかな」 「そうだよ、おめでたい事じゃないか」    歩美は残りの煎餅を放り込み、そのまま自室へ戻ったふりをして、廊下の陰からこっそりと父を観察した。 (何を見てるんだろう?)  父は案の定、歩美がいなくなると再びパソコンを開き、神妙な顔で画面と向き合った。 (あの中に何かあるってことね……?)  深夜、歩美は寝室で両親が寝静まったことを確認し、父の部屋へ忍び込んだ。念のため照明は付けず、真っ暗闇でパソコンを立ち上げる。ログインパスは何だ? ……私の誕生日だったりして? えいっと入力すると、見事に的中した。メールのログアウトはしていない。開封済みメッセージを一つ一つ確認していく。ほとんどがDMだ。差出人が個人アドレスになっているものを見つけるのは簡単だった。  お父様  ただいま。  ふふ。私がただいまを言う番なんてね。  永太さんとの結婚、喜んで下さると信じていますわ                 冴子 (冴子? 『ただいま』?『私が言う番』って何?)  送信日時を確認すると、五日前の午前6:00。つまり、初めてお兄ちゃんが冴子を連れて来た日、その日の朝ということか。 (え、来る前にこのメールを送ったの? どういうこと……?)  歩美は黒目を一周も二周もさせた。 (冴子はあの日初めて、うちら家族と会ったんだと思ってたけど……。だってパパもママも、そういう応対だったよね? え? 冴子とパパ、うちに来る前から知り合いだったの……?)  父が返信した形跡はなく、他にヒントになるようなものも見当たらなかった。  歩美は腕を組んだ。 (パパと冴子が知り合いだったとして、隠してるって、どういう関係……?)  他に何か分かることは無いだろうかと、歩美は検索エンジンの閲覧履歴を触る。  すると、様々な弁護士事務所のホームページばかり検索しているようだった。 (弁護士……? なんで……?)  今度は、検索ボックスをカチ。検索履歴はオンのようだった。 『弁護士 家族に内緒で相談』 『個人 訴えるには』 『メイド喫茶 店員 しつこい』 (ん? メイド喫茶? そうか、ああいう店って確か、『おかえりなさいませご主人様』『ただいま』とか言うんだよね。だから『ただいまを私が言う番』? つまり、冴子がメイド喫茶の店員で、パパにしつこく付き纏ってる?)  カチャンと、寝室のドアが開いた音がした。 (やばっ)  歩美は大急ぎでパソコンを閉じると、デスクの下に潜った。   パタパタと台所へ向かい麦茶を飲んで寝室へ戻って行く音がした。 (ふぅ……。あの歩き方はパパね。眠れないのかな。今日のところはここまでにするか)  歩美は、明日、父に真実を確かめようと決意し、自室へ戻った。
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