兄、永太

1/2
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

兄、永太

 永太は職場の面々と飲み会を終え、明日は土曜だからと二軒目に行く皆に「じゃ、俺はここで。お疲れした」と手を挙げた。ぺこりと下げた頭を戻して一人、駅へ向かっていると、女性に声をかけられた。 「突然すみません、DL広告の早坂永太さんですか?」  艶々した唇、ふわりと香る長い髪から覗く上品な耳。短い袖口から伸びた白くて華奢な腕は、不安げに胸に当てられている。 「あ、はい、そうですが」  少しの不安と、大いなる期待に永太の胸が高鳴なる。 「やっぱり! 嬉しい。私、中瀬美容クリニックの者です。早坂さんは私のこと分からないと思うんですけど、いつも営業にいらしてるのお見かけしていて」 「あぁ、中瀬美容さんの。どうも、いつもお世話になっております」  こんな所で普段の仕事が報われてラッキーだなあと、永太の全身から声が漏れ出ている。 「あの、早坂さん。せっかく偶然お会いできたので、もしよかったら一杯だけ、いかがですか?」  美しい睫毛がぱさぱさと瞬き、永太を見上げる。 (二次会まで行ったことにすれば同じか……)  時間にして三秒。彼女を待たせると、 「え、ええ。喜んで」  永太はごくりと唾を飲み、ワイシャツのボタンを一つ外した。遠慮がちに掴まれた腕から、彼女の細い指の肌触りを感じる。「あのお店、いい感じなので」と微笑む美女に引かれるままに、バーへ入店した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!