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永太は全身の血液をシャワーで綺麗に流した。冴子が用意していた新品のワイシャツを着ると、身なりを整える。
分厚いカーテンの僅かな隙間から、日差しが差し込んできた。
「ほ……本当に大丈夫なんだろうな……」
「ええ、安心してください。さっそく今日の夕方、一緒にマユさんにお別れのご挨拶に行きましょう。あなたは私、冴子を愛してしまったと。約束を守らなかった場合は、即刻、警察へ通報します」
「……わかってるよ」
(こんな形でマユと別れることになるなんて……。でも、不貞を働いたのは俺だ。紛れもなく俺が悪い。それに、俺が浮気をした上に相手を殺しただなんて事を伝えるより、今はこいつの言う事を聞いた方がマユのショックもまだ軽いはずだ……。ひとまず条件を呑んで、あとのことは落ち着いて考えよう。きっと何か策があるはずだ……)
永太は曇り顔のまま、ホテルの部屋を後にした。
室内がしん、と静まり返る。
永太の足音も完全に聞こえなくなったところで、血みどろの女は体を起こした。
「はぁ。うまくいったね?」
「ええ、あなた、名女優になれますわ。さぁ、シャワーなさって」
冴子は浮気相手役の女の腹に刺さる、刺さったように見えるオモチャをすっと回収した。女が立ち上がると、血糊で汚れた薄いラグをくるくると巻いて、元の絨毯にシミ一つ無いことを確認した。
「にしても、ほんとアンタ頭狂ってるんじゃないの? べろべろに酔わせるところまではチョロかったけどさ。死体役なんて初めてよ。よくできた捏造動画まで作り込んで。それにこの血……臭いまでリアルじゃん?」
「ちょうど経血を取れる日でしたので、混ぜてみましたの。よりリアルになって、運がよかったわ」
冴子は手際よくラグを小さく畳み、大きなバッグに仕舞う。
「ひぃ! 汚い! こんなやり方までして、あんなフツーの男、手に入れたいかね? まぁ、アタシは報酬さえ貰えればどうでもいいんだけど」
女は浴室へ向かう。
「ふふ。手に入れたいのは、彼ではありませんの」
冴子はバッグから分厚い札束を出して、しなやかに女に手渡した。
「……え?」
女は札束を受け取りながら、不気味に微笑み続ける冴子の灰色の瞳を見て、ぶるっと背筋が凍った。
「ずっと、手に入れたかった。そして、やっと見つけたの。どんなに面倒なことをしても、手に入れる他ありませんわ」
女は固唾を呑んで、部屋を去る冴子の後ろ姿を眺めた。冴子が扉を閉めて尚、ながーい執念の影が引きずられていた。
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