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ガチャガチャ、と、玄関の鍵が開く音がして気が付いた。私は床でいつの間にか寝ていたようだ。部屋が暗いので混乱して、手元にあったスマホで時計を見ると、18時過ぎだった。
起き上がって部屋を見渡すと、小さなテレビが壁側に倒れていて、チェストに並べてあったMICHIYAグッズが床に散乱している。その他はいつもと変わらない。壁のMICHIYAも、天井のMICHIYAも、いつもと変わらない優しい笑顔を向けてくれている。
コンコン、とドアがノックされた。
「はい」
返事をするとドアが開いた。
「……学校、行かなかったのね」
「え……。今日、学校?」
「当たり前でしょ。月曜日よ。まぁ、ファンの子が亡くなってショックなんでしょうけど、いくら高校は義務教育じゃないって言ったって、そんなことで学校を休むなんて、今日だけにしてちょうだい」
「……ファンの子が亡くなって……って?」
「え? あんた、ACEisのMICHIYA? とかいう子のファンなんじゃないの。ほら、そのポスターの」
「そうだけど……。MICHIYAが、亡くなった……?」
「ちょっとやめてよ、その、受け入れられませんみたいな顔。みっともない。驚きはしたけど、現実の友達でもあるまいし」
お母さんは呆れ顔で、散乱したMICHIYAグッズを拾い上げてチェストに並べ、テレビをお行儀よく立たせると、「さ、夕飯よ」と部屋を出て行った。
そうだった。朝、MICHIYAが亡くなったというニュースを見て、部屋で絶叫して、そのあと、スマホでネット情報を片っ端から見てたんだ。だけど、MICHIYAが昨日未明、都内のホテルで死んだという事実以外ほとんど何もわからなかった。事故、事件、病死、あるいは自死なのか、報道が閉ざされているのか、公式の発表でさえ死因も経緯も何もかも詳細はわからなかった。
昨日の夜、寝る間際までMICHIYAを追いかけていた私にすら、なぜ突然MICHIYAが死んだのか、全く理解できなかった。
家族にも友人にも、大切だと思える人がいない私にとって、MICHIYAは全てだった。その、唯一私を幸せな膜で包んでくれる、大好きなMICHIYAを突然奪われ、詳細も知らされないなんて、なんて仕打ちだ。
MICHIYA……。私を絶望の真っ暗闇に取り残して、いったいどこへ行ってしまったの――。
涙も枯れ果て、部屋も体も臭くなり、口はぱさぱさ、上体を起こすだけで骨がきしみ、視界に入るもの全てに意味がなくなってから、どれくらい経っただろう――。スマホによれば、約一ヵ月が過ぎたようだ――。
私はようやく、『MICHIYAが死んだ』ということは理解したので、死者がどこへ行くのか毎日検索した。いろんなことが書かれてあったが、何となく、「空から見守っている」という言葉だけがすっと心に入ってきた。
「そっか、MICHIYAは、空にいるのね――」
私は久しぶりにベッドから降りた。よろよろと、バルコニーに出て晴れた空を見上げた。白い雲がゆっくりと流れている。絨毯のような雲の上に、MICHIYAの姿が見えた。私を見てにっこりと笑ってくれた。
「MICHIYA……」
私は、バルコニーに適当な踏み台を持ってきて登り、手すりに右足をかけた。
あの雲まで飛んでいけば、MICHIYAに会える――。
私は右足に力を入れて、飛び上がろうとしたまさにその瞬間――
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