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「す、すみません!」  運転手の男の人が、オートバイから降りて僕のもとに駆け寄ってきた。 「あ、あの、大丈夫ですか……?」  紙袋は落とさずに握りしめたままだった。  体の痛みよりも、和穂のプレゼントが無事であることにほっとする気持ちでいっぱいだった。アドレナリンってやつが出てるのかもしれない。    震える声で謝罪を続ける男性に「大丈夫です」とだけ告げて、素早く立ち上がる。  もう一度走り出そうと左足で地面を蹴ると、事故に遭うまではなかったことが起きた。 「うっ!」  かかとに体重をかけた途端、くるぶしの骨に鋭い痛みを感じた。  どうやら、転んだ時にくじいたらしい。    ちくしょう。普段は交通事故になんて遭わないのに、こんな時に限って。  これが、あの『カミ』ってやつが口にしてた不吉な予言の意味か。    悲鳴をあげたくなるような痛み。  真冬の容赦ない寒さ。  いろんな感覚が、僕の動きを鈍らせようとする。   だけど、僕は決して歩みを止めたりはしなかった。  和穂の恋路がかかってるんだ。これくらいでへこたれるわけにはいかない。  駅が近づいて、あたりにカフェやファミレスなんかが増えてくる。    最後の信号を渡り駅まであと10メートルくらいまで近づいたところで、その姿が目に入った。  改札の前、ライトパープルのボアジャケット。  小さな右手に握られたパスケースが改札機に触れる直前、僕はありったけの声で叫んだ。 「和穂!」  振り向いた和穂が、僕に気づくなり「あっ」と口を大きく開く。 「お兄ちゃん!?」  照れ臭いし、なんだか寂しくて泣きそうだけど。  これが、兄としての務めだ。  妹の幸せのため、僕にできること。  和穂の目の前にたどり着いて、息も絶え絶えに紙袋を差し出す。  ほらよっ、忘れ物!  ……と、言おうとして、うまくいかなかった。  口が、全く動かなかった。  口だけじゃない。  手足を含めた全身が言うことを聞かなくなり、五感がぴたっと失われた。  ——あ、そうか。  僕の出番は、ここまでか。  全てを悟り、僕は、止まった。
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