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「あのね、好きな人ができたの」
2歳下の妹・和穂が頰を赤らめてそう告げてきたのは、1ヶ月前の11月頭。リビングで宿題を手伝っていた時のことだった。
「ふーん、そうなんだ」
そっけなく返したつもりだったのに、喉から出た声はどこか上ずっていた。
物心ついた頃からそばにいた妹の突然の告白に、心臓がとくんと跳ねる。
なんだろう、この気持ち。
小6って、もうそういう年齢なのか?
僕が小6の時もたしかに、付き合うとかそういう話が周囲で出たことはあった。あったけれども。
見知らぬ男と並んで歩く和穂の後ろ姿が頭に浮かび、体の内側になんだかヌメヌメとした感触が走った。
「で、どんな人なの?」
知りたいのか知りたくないのか、自分でもよくわからないまま訊ねる。
「サッカーで一緒の速坂くんっていう子! めっちゃかっこいいんだよ!」
半年前に買い与えられたばかりのスマホを慣れた手つきで操作して、「あった!」と声を弾ませる。
「この子!」
画面に映った写真には、グラウンドで肩を組むユニフォーム姿の男子小学生5人。和穂が指差したのは、真ん中にいる一番背の高い男の子だった。
じっくりと、スキャンするようにその全身に目を通す。
浮遊感のある髪。きりっとした眉。
周囲の男子たちよりもやや冷めた表情。
端的に言うと、「モテそう」な男の子だった。
中学生の僕から見れば完全に子供なのだけど、同い年の女子からは人気がありそうだ。
「ね! どう、かっこよくない?」
瞳をキラキラ輝かせ、僕の顔を覗き込む。
嬉しい出来事が起こったり新しい趣味を見つけたりした時、和穂は真っ先に僕に報告したがる。
今回も同じだろう。好きな男の子を兄に見てほしい、惚気を聞いてほしいという気持ち。
和穂としては、僕が「かっこいいじゃん!」と彼を褒めたり、「名前なんていうの?」と話を引き出したりすることを期待していたんだと思う。
だけど、思わず僕の口から出たのは。
「やめとけよ」
「え」
僕が自分の発言を後悔する暇もなく、目の前の和穂の顔が戸惑いと不安に染まった。
「やめとけって、どうして?」
「小6で恋愛なんて早いだろ。そんなことのためにサッカークラブに入ったのか?」
「そうかなあ……和穂のクラスにも最近彼氏できた人いるよ。小6が恋愛したっていいじゃん」
「人は人だ。和穂はまず自分のことをちゃんとしろよ。昨日だって僕が体育着届けなかったらピンチだっただろ」
「関係ないじゃん、そんなこと」
「あるよ。自分のことがしっかりできない子供に恋愛は早い」
「意味わかんない。もういいよ。お兄ちゃんになんて話すんじゃなかった」
和穂は口を尖らせ、スマホの画面を切ってテーブルの上に放り投げた。
——このやり取りがあってからというもの、和穂と僕の間にはなんとなく距離ができている。
小さい頃から僕にべったりで、低学年の時には毎日「お兄ちゃんと一緒に学校行く!」と譲らなかった和穂。
喧嘩なんて、僕ら兄妹の間にはあり得ないと思っていた。
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