サクラの恋

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那須芳春(なすよしはる)が『サクラをやって! 』と友人のミサコに頼まれたのは一週間前のこと。ミサコはいわゆる【お見合いパーティー】を開催する会社を経営しており、今回の【まずはお友達から! クリエイター男性と三十代女性の出会い】というパーティーの男性人数が足らないため、こうやって芳春に言ってきた。 実は芳春がミサコに頼まれたのは今回が初めてではない。初めは『サクラだなんて、お見合いパーティーに来る女性に申し訳ない』と思っていた芳春だったが、数回参加しているうちに慣れてしまった。またゲイである自分が男女のお見合いパーティーのサクラなんて、参加者にバレたら軽蔑されそうだなと思っていたがそれも最初だけだった。 芳春は少し長めの髪をハーフアップにして、ピアスをつける。お見合いパーティーのテーマに合わせて少し自分を【アレンジ】するのだ。前回はサラリーマンだったからスーツで髪はワックスで固めた。今回はクリエイター縛りだから、少しだけチャラい感じにしてみた。 そしてお見合いパーティーが始まる。ゲイの芳春にとって、苦痛な時間だがこれもバイト代のため。今月は特にお金周りが厳しいので、ミサコの誘いに芳春は感謝していた。 会場を見わたすと、初めは緊張していた参加者たちがだんだんと笑顔になっており、楽しそうでいいな、と芳春は思いながらため息をつく。 今、芳春にはパートナーがおらず、また出会いもない。いつになったら俺にはパートナーが出来るんだろうか、など考えながら参加者の女性たちと一時間を過ごした。 終盤にかかった頃、カップル成立の発表がある。カップル成立となる確率は四十パーセントくらいだそうだ。芳春は毎回、自分を気に入っていないだろう相手を指名するからカップルになることはない。『サクラはカップルになるべきではない』のだ。ただ一度だけ、この子は指名してこないだろうと踏んできた相手が指名してきて、成立したことがある。ちなみにその女性とは連絡しないうちに自然消滅した。 「一番人気の男性がカップル成立です」 司会者のアナウンスが聞こえ、会場から拍手が湧く。芳春は拍手を受けながら微笑むカップルに目をやる。女性はキレイめのアナウンサーみたいな風貌。そして男性を見た時に思わず息を呑んだ。そこにいたのが芳春の好みの男性だったから。メガネをかけ、アッシュグレーの短髪で長身の彼は爽やかさが滲み出ている。はにかむ笑顔もストライク。こんな彼氏、羨ましすぎるだろ、と他の参加者の女性と同じ思いで二人を眺めていた。 それからしばらくして、解散となった。約一時間半の拘束時間から解き放たれて、大きな背伸びをする。 (さあて少し早いけど、いつものカフェにでも行こうかな) そんなことを思いながら歩いていると、背後からすみませんと声をかけられた。芳春はなんだろうと振り向くとそこにはさっきみんなから拍手を受けていたあの爽やかな男性がいた。 「は、はい?」 「少しお時間いただけますか?」 ニコッと彼は笑った。 「君もサクラなの?」 近くの喫茶店に腰を落ち着かせ、彼から聞いた話に思わず声を上げた。一番人気で、あんな美人とカップルになった目の前の彼が実はサクラだったなんて。芳春の声に彼はしれっと答える。 「そうです。ミサコさんに頼まれて」 悪びれる様子もなくそう言いながら、電子タバコを吸っている。そのタバコを持つ指が長く、すらっとしていて綺麗だなあなんて見ながら芳春はいかんいかんと目を逸らす。 「サクラでカップル成立だなんて、酷くない?」 ここだけは押さえておかねば。 「大丈夫ですよ、あの女性もサクラです」 「ハァ?」 思わず変な声が出た。 「場を盛り上げるためらしいです」 二人ともサクラだなんて。あのパーティーに何人サクラがいたんだ、と芳春は唖然とする。 「そんなことより、この後もお暇ですか」 彼はメガネのフレームを指で押しながら、テーブルにある芳春の手に自分の手を重ねてきた。芳春が固まっていると、彼はフフッと笑う。 「サクラ同士で、カップルになりません?」 *** 「勇樹、幼馴染のお願い聞いてくれる?」 ミサコにサクラを依頼されたのは半年前。あんた顔だけはいいんだから、それを使わない手はないわよと付け加えられた。褒めているのか貶しているのか分からない。 断るのも面倒だからと更科勇樹(さらしなゆうき)は今まで一、二回お見合いパーティーのサクラとして参加した。しかしどうにも居心地が悪く、【スーツ男子との恋! 二十代後半女性の出会い】なるパーティーを最後にして次回は断るつもりでいた。 カップルになっても彼女たちと恋愛することはない。なぜなら、勇樹は女性に興味はないから。 だけど、最後と決めていたパーティーでそこで勇樹は彼に出会ってしまった。 髪を後ろに流し、紺色の細身スーツに身を包んだ彼。鼻がスッとしていて、細い目に大きな手。少しだけ神経質にも見える。彼を凝視していた勇樹の隣に来てミサコが楽しそうに呟く。 「好みでしょ? 私の知り合いなんだけど」 「マジで」 「次回も参加するってさ。どうする? 今回でやめるのサクラ」 ミサコはニヤニヤしながら勇樹を見て、提案してきた。 「分かったよ。だけど次でほんとに最後だから!」 こうして芳春に一目惚れした勇樹は今回の【まずはお友達から! クリエイター男性と三十代女性の出会い】のパーティーに参加し、そして芳春を捕まえたのだ。 *** 勇樹と芳春はあのあと、連絡先を交換し、食事に行ったり、ドライブしたりするようになった。勇樹はすぐに付き合おう、なんて言ったが芳春がストップをかけた。 芳春とて、勇樹の容姿を気に入っていたけれど、もっと勇樹のことを知りたいし、自分を知って欲しいと思い、付き合うことを保留とした。引かれるかなと心配したが『そういうところもいい! 』と、抱きしめてきた。 何度か会ううちに勇樹の『爽やかな男性像』は崩れた。飾りっ気のない性格で主張は激しめ。でも人を嫌な気持ちにしない。素直な勇樹に芳春は惹かれていくが、それでもなかなか付き合う勇気がなかった。 やがて煮え切らない芳春の態度に、勇樹が気持ちを抑えられなくなった。 「そんなに一目惚れはよくないこと? こうしている間にも那須くんが他の誰かにとられていきそうで不安なんだよ」 芳春に抱きつきながら、勇樹がそう言った。その強引で素直な言葉に芳春は心を打たれ、結局二人は付き合うことになった。 いざ付き合ってみればどうしてこだわっていたのだろうと思うほど、勇樹の隣は居心地がよくて、芳春はきっかけをくれたミサコにさえ感謝するほどだ。 『ミサコにさあ、報告しない?』 芳春がそう提案すると、意外にも勇樹はうーんと渋い顔をしていた。不安そうに見つめると勇樹は芳春の頬にキスをする。 『報告するのは賛成に決まってるよ! ただ、あいつすぐ図に乗るからなあ』 その言葉に確かに違いない、と芳春は笑った。 *** ミサコのお気に入りのカフェでバリスタの入れたコーヒーとフカフカのパンケーキを目の前にして、彼女は上機嫌だ。今日は奢るから、と呼び出して三人でしばらく雑談をしたのちに、二人のことを打ち明けた。 「感謝してるよ、ありがとう」 芳春の言葉にミサコは少し照れ臭そうに、そして嬉しそうに笑顔を見せる。 「まあ二人が幸せになるなら、私も嬉しいわ。あ、でも那須くん。次のパーティーもお願い出来ない?」 コーヒーを飲みながらそんなことを言い出したミサコに芳春が苦笑いすると、ものすごい勢いで隣の勇樹がストップをかけた。 「何言ってるんだよ、ダメに決まってんだろ!」 「まあまあ。あんたも一緒に参加してよ。次回はゲイのお見合いパーティーなの。あんたたち見てたらゲイの子達の出会いを広げるのもありねぇって」 商魂逞しいミサコの言葉に二人は口が塞がらない。ただ、出会いが少ない彼らの手助けになるなら、やってもいいのかな、などと芳春が考えていたら勇樹に横から肘鉄を喰らわされた。 「ちょっと! 何考えこんでんの!」 「ごめんごめん」 手を合わせて謝る芳春を見ながら、ミサコはため息をつく。 「あーあ、二人がもう参加してくれないなんて痛いわ。そう言えば勇樹、あんた弟いたよね。元気?」 「お前まさかあいつをサクラにするつもりかよ……」 二人は苦笑いするしかなかった。そんな二人を見ながらミサコは笑顔をみせた。 「今度はアタシに奢らせて。お祝いに飲みにいきましょ」 【了】
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