03. 洞窟と黒い犬

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03. 洞窟と黒い犬

 雄介が再び瞼を開いた時には、薄暗い洞窟の中にいた。冷たくて湿っぽい空気を肌に感じる。洞窟の天井から垂れた雫が一滴、雄介の頬を濡らした。そこで、雄介は自分の意識をはっきりさせたのである。  仰向けに寝かされていた雄介は勢いよく上体を起こし、周囲を見回した。驚いたことに、銃撃で与えられた致命傷は塞がっていた。Tシャツに付着した真っ黒な血の染みはそのままだったが、銃創は何事もなかったかのように肌の上からかき消されていた。あの時、自分は灼熱の太陽の下で死んだと思ったのに、生きてる。  雄介は宙の一点をじっと見つめたまま自問自答を続けた。なぜ生きているのか。なぜこんな場所にいるのか。ここはあの世か。死んだこと自体が夢だったのか。おそらく他人に聞いても答えを導き出せないであろう問いが、頭に浮かんではすっと溶けるように消える。そして、また同じような問いを繰り返し、こうして脳は終わりのない自問自答のループを繰り返す。  雄介の脳内の無限ループを断ち切ったのは、洞窟内に侵入してきた黒い人影だったーーいや、黒い犬だ。雄介は悲鳴をあげそうになって、喉元ですぐに呑み込んだ。黒い犬は洞窟の天井に張り付いて、雄介のいる所までのっそりと移動してきた。  頭は犬であるのに、胴体は人間である。しなやかな体躯であるのに、筋肉質である。細長い両腕は人間2人は抱えることができそうで、引き締まった両脚は一戸建ての小さな家を一足で跨ぐことができそうだ。天井から退けぞってこちらを見つめた双眸は金色に輝き、その奥で炎が爛々と燃え上がっているように見えた。この双眸に囚われた獲物は萎縮し、諦めて自ら捕食されることを選ぶだろう。  雄介は蚊が鳴くようなか細い吐息を漏らした。激しい戦場の中にいる時とは違う、得体の知れない恐怖に襲われていた。冷や汗でじっとりと濡れた背中を、洞窟の冷たい空気が悪戯するかのようにいやらしい手つきで撫でた。その度に雄介は足のつま先から脳天まで激しい悪寒を感じた。  化け物は右の手のひらを地面に下ろし、もう片方も同じようにした。しなやかな胴体はねじれ、筋肉が詰め込まれた腹が雄介の方に向けられた。雄介は息を呑んだ。こんな岩石のように強靭な肉体は見たことがない。もしこの筋肉に全力で拳を突っ込む輩がいるとすれば、砕けるのは拳の方だろう。  化け物の両脚も天井から一気に下された。洞窟内に地響きが鳴った。雄介は飛び上がりそうになったがそこはどうにか堪えた。  すると、化け物は四つん這いで雄介を取り囲んだ。雄介はひぃと細い声を漏らし、腰を抜かしてしまった。しかし、化け物は座り込んだ雄介を気にしない風だった。そして、身体を丸め込んでそのまま寝入ってしまった。  生暖かい感触が雄介の身体を包み込んだ。化け物の生臭い吐息が雄介の鼻の奥をつんと突いた。雄介は生きた心地がしなかった。
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