04. 脱出

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04. 脱出

 化け物の三角の耳はピンと上を向いており、凛々しい顔つきをしている。下半身には古いボロ切れのような腰巻きが巻かれている。雄介が幼い頃、図鑑で読んだエジプト神話の冥界の神、アヌビスに似た容貌だった。全身5メートルかそれ以上はある巨体だ。全速力で走って逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。  雄介は恐る恐る立ち上がり、化け物の身体から離れることにした。一瞬化け物が鼻を鳴らし、雄介は思わず後ろを振り返った。しかし、ほんの少し首を動かしただけで、そのまま動かなかった。先ほどとは打って変わって穏やかに寝息を立てている。雄介は安堵したと同時に、この化け物が目覚めた時のことを想像した。背中にじっとりとした気持ちの悪い汗が噴き出してくる。  雄介はいまだに自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、よくわからなかった。  黒い血の染みはまだしっとりと濡れていて、手で触れてみると薄く血が付いた。微かに鉄の錆びた匂いがする。銃弾が貫いてできた衣服の穴もそのままだ。それなのに、銃創は身体の上から完全に消え去っていた。傷の痛みと肺を撃ち抜かれた時の苦しみは何ともなかった。  もし自分が死んだのであれば、今の自分は幽霊なのか? いや、両足はしっかりと存在しているから、幽霊ではなくゾンビになっているのかもしれない。しかし、ゾンビらしい死臭は今のところ嗅ぎ取れないし、ゾンビとは違って意思と感情もしっかり持って行動している。  もし自分が生きているのであればーー奇跡的に息を吹き返したのかもしれない。そこが雄介にとっては謎だった。確かに致命傷は与えられたのに、なぜこのように痛みも苦しみもなく、平然と動いていられるのだろう。  雄介はあの黒い犬の化け物が起きていないかを確認するために、ぎこちない動きで後ろを振り返った。化け物はまだ静かに眠っている。雄介は胸を撫で下ろした。
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