06. 化け物の暴走

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06. 化け物の暴走

 そう叫んだ次の瞬間だった。黒い影が雄介の頭の上を飛び越え、侵略軍の目の前に地響きを立てて現れた。そして、咆哮した。  雄介も兵士たちも耳の鼓膜を破壊するような獣の咆哮に顔を顰めた。飛行機の爆音を間近で聞いているかのようだ。両手を縛られ、耳を塞ぐこともできない状態にいる現地軍の兵士たちにはかなり応えただろう。しかし、彼らは化け物に対して歓声を上げていた。ある者は口笛を吹き、ある者は両足で拍手する真似をした。  侵略軍の兵士は現地軍が喜んでいるのを面白くないと思ったのか、ライフルの銃口を彼らに向けた。  次の瞬間、兵士の首が180度後ろに曲がった。一瞬のうちに絶命した兵士が崩れるように倒れる様を、化け物は低く鼻を鳴らしながら見つめていた。  化け物の攻撃の威力を目の前にした兵士の一人が絶叫しながら銃をぶっ放した。化け物の身体に次々と銃創が作られていく。巨体とは言え痛みを感じるのか、化け物は背中を丸めた。  痛みに喘ぐ低い唸り声は、離れた場所で見ている雄介にも聞こえた。自分を取って喰らおうとした化け物であっても、被弾した時の痛みと苦しみを知っている雄介は化け物に対して同情の気持ちを感じ得なかった。  ところが、化け物はすぐに体勢を立て直した。動き出した相手に怯えて後ずさった兵士を頭から噛み砕き、一気に呑み込んだのだった。雄介は唖然とした。もはや化け物に同情できなかった。  化け物の攻撃力の強さに肝を潰した数人の兵士たちが慌てて戦車に乗り込んだ。乗り遅れた兵士たちも戦車にしがみついた。けたたましい機械音を鳴らして後方にバックしていく。  それに気づいた化け物が戦車に掴みかかった。そして、戦車を空高く持ち上げると、自分の身体を軸として独楽のように回り始めた。見た目から判断して50トンの重さはある戦車は、化け物からしてみれば砲丸投げに使われる砲丸ぐらいに軽いものなのかもしれない。化け物の手から放された戦車は向こうの原っぱで勢いよくバウンドした。そして、爆発した。  炎上する戦車を、振り下ろされた兵士たちがただあんぐりと口を開けて見つめていた。誰が声をかけても言葉を発しないくらいに放心している。雄介はそんな兵士たちの側を通りつつ、現地軍の兵士たちの方にそっと近づいた。  最初こそ彼らに警戒されていた雄介だったが、その中に見知った顔を見つけた。相手も近づいてきた人物が雄介だとわかると途端に笑顔になった。彼は雄介が撮影の時に同行していた現地軍の案内役だった。  「無事で何よりです」  彼の喜ぶ声に雄介も現地語で会話した。彼に降りかかったガソリンの化学的な匂いで胸が気持ち悪くなったが、そこは我慢した。  案内役の男の名前はクオンと言った。背丈は雄介よりも小さいが、体つきは岩のようにがっしりとしていた。彼は急に戦場から消えた雄介を心配していたのだという。その直後に彼は侵略軍に捕まり、仲間たちと共に火炙りにされるところだった。雄介はクオンに心配をかけてしまったことを心から詫びた。  雄介はクオンたちを縛る縄を解くことにした。しかし、縄は固く結ばれていてどんな方法を試してみても無駄だった。仕方なく側で死んでいる兵士の装備から刃物を探そうと立ち上がった。
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