8 蘇る記憶

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8 蘇る記憶

 アイユーブは戸惑いながら、色のついた眼鏡の奥にある従兄の三日月のように細められた瞳を見つめ、その真意を読み取ろうとして、すぐに止めた。  王都において従兄の名には賞賛も悪評も付き纏っているが、アイユーブに対して彼が嘘をついたことはない。  従兄はアイユーブにとっても確かに特別な相手だ。一族にはどういうわけか、たまに魔力の強い子供が生まれる。だが遠い故郷ではそれは持て余される邪魔な力でしかなかった。スィラージュは自分と同じく魔力が強く周りに馴染めなかった幼いアイユーブを連れ出し王都に共に出てきてくれた。  従兄は王都に来てからは水を得た魚のように生き生きと暮らしていたが、アイユーブは中々周囲に馴染めず、辛いばかりの日々だった。しかし才能が認められ異例の若さで魔法使いとなると、アイユーブは神殿にあがり年の近い神子様を警護する役目についた。  その後は色々あって平民街に流れつくまで、影から応援してくれていたのも知っている。 「お前次第だよ? アイユーブ。愛される喜びを、きちんと取り戻すといい」 「俺は……」  アイユーブを巡る年齢も職業も違う二人の男たちが覗きこんできたが、彼の口から答えが紡がれることはなかった。  ダウワースの治癒魔法の効力が切れ、アイユーブが再び言葉を失ったからだ。  その後ダウワースに連れられて彼の実家の商家の馬車を借りに広い通りを歩いた。ダウワースが言っていたとおり、商家街はすっかり様変わりして、広い通りは路面側に大きな硝子張りの窓を頂いた華やかな店が立ち並んでいる。  平民街では見かけぬような珍しい品物が道行く人の目を楽しませるように沢山並べられていたが、手に掬った水が零れていくようにアイユーブの目には何も残らない。ただ目の前を流れていくだけだ。 『早く家に帰りたい』  前を歩く広い背中にそう呟きたかったが声が出ない。  先ほど帰り際、スィラージュの目の前でダウワースが強引にまた喉の治療を施そうとしてくれたのを、思わず手の平を彼の唇に押し当てて拒否してしまったのだ。  青年は一瞬だけ表情を曇らせたのを見て、しまったと思ったが時すでに遅かった。 「手に余るようだったら私が解呪してあげるから。いつでも尋ねてくるといいよ」  そんな二人の後ろからスィラージュが声をかけてきた。アイユーブは一応頷いたが、ダウワースに「帰りましょう」と強く促されてスィラージュの元を後にした。  館を出てから自分が肌もあらわなとんでもない格好のままであることに気がついた。今更戻るのも面倒でどうしたものかと途方にくれていたら、ダウワースが身に着けていた上質な上着を黙って着せ掛け上半身を包んでくれた。  北からの冷たい風が時折吹く中で、その上着は温かくアイユーブを包み込む。巨躯とまではいかないが身幅も背丈も立派なダウワースの上着のおかげで、とんでもなく淫靡な服は膝の辺りまで隠すことができた。 「その恰好では歩けません。店に寄って何かもっとましなものに着替えて、馬車で帰りましょう」  弟子は一見普段通りの優しさを見せている。連れられるまま、セドゥナ商会が持つ店の一つに行きついた。 「まあまあ、ダウワース様。久しぶりでらっしゃいますね」  店主は郷里の母と年ごろが同じ女性だった。訳ありな様子の二人を見ると「まあ!」と小さく呟いて含みある微笑みを見せた。
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