10 過去の秘密

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10 過去の秘密

 こんな時でも、いきつけの酒場の料理は美味しい。  見知った顔ばかりの喧騒の中、二人は向かい合って黙々と食事を口に運んだ。 昼食をとらずにここまで時間が経ち、酷く疲れた身体に酒も干し肉の味が滋味あふれるスープも染み入る。  ジャルダンはダウワースが転送魔法を使ってどこかに吹き飛ばした。 アイユーブは高位魔法である転送をも使うことができる弟子の才能にあらためて驚いた。 ジャルダンを飛ばした先は一応国内のつもりではあったらしいが、彼らしくなく非常に焦ってことを進めたので、細かな座標は分からないらしい。 どこへなりとも飛ばしてしまうなど、一般人に行ったらかなり危険な行為だが、治癒魔道騎士まで上り詰めた人間ならきっと大丈夫だろうとアイユーブは思うことにした。 それにしても先ほどの立ち回りのせいで、待合室がぐちゃぐちゃになったのがかなり辛い。片づけは明日することにして今は大人しく食事をとっている。 「今まで聞かないできたんですが。貴方がその傷を負った経緯を話してくれませんか?」  中々お互い話を始めるきっかけが掴めずにいたが、口火を切ったのはダウワースの方だった。 「これか。大した話じゃない。昔。魔法学院を尋ねた時に、丁度生徒同士の魔法決闘に居合わせたんだ。その時跳ね返ってきた魔法を避けきれなくて怪我をした。俺が間抜けだった。ただそれだけだ」  そんな風に雑駁に話すと、普段はあまり酒を嗜まぬアイユーブがグイッと盃をあおる。 「そんな事より。いいのか? お前、『神殿護衛騎士団』に入りたいんだろ? ジャルダンはああ見えて神殿には顔が効く。今回の事がお前の出世の妨げになったのなら、巻き込んでしまって本当にすまない」  殊勝な様子で、アイユーブは木製で染みだらけの卓に額を打ち付けんばかりに頭を下げている。その髪は先ほどの大立ち回りでもつれ、くしゃくしゃになっていた。 「頭を上げてください、アイユーブ」  ダウワースは柔らかな手触りの頭にそっと触れてみた。  初めてアイユーブの髪に手を触れ梳いた時、彼はとても嬉しそうに『故郷の母に小さい頃にしてもらったきりだな』と微笑んだ。ダウワースはその時、過去のことを多くは語らぬ男が無意識に垣間見せた甘えに胸が熱くなった。 彼のその自分に向ける飾らぬ笑顔を見るためなら、ダウワースは手間を惜しみたくない。なにかれと世話を焼き、この不器用で孤独な男をとことん甘やかしてやりたくなるのだ。 顔を上げると、酒に酔ったのかどこかとろりとした色気を称えたアイユーブにダウワースはいつも通り穏やかに微笑みかけた。 「師匠、俺がいつ神殿護衛騎士団に入りたいなんて言いましたか?」 「え? 違うのか? 治癒魔道騎士を目指す奴は大体みなあそこに入る事を目標にしてるだろ?」 不思議と嬉しげな顔をしてアイユーブはまた盃をこくんと飲んだ。彼の口の端から零れた雫を、ダウワースは自然な仕草で親指で拭い舐めとる。 「違いますよ」 「そうか、ならどうして」 「俺は単純に、もっと上手に治癒魔法を使えるようになりたかった。それを俺はどうしても貴方から学びたかったんだ。そして貴方の代わりに、貴方を癒したかった」 「どういうこと、なんだ?」 アイユーブの濡れた瞳が不安げに彷徨う。 「貴方の脚は単純に怪我をしたわけじゃない」 「何を言ってる?」 ダウワースは盃を手にしたままのアイユーブの手を握り、ぐっと顔を近づけた。 「アイユーブ。貴方があの時、身を挺して助けてくれた学生は、俺です」
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