11 傷

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11 傷

 魔法決闘は学生の頃から国を挙げて推奨されている。  魔法学院内ではそれぞれの寮と自らの名を上げるため、三対三で競い合う。  学生同士であればげーげー吐く呪いや、相手を自分にベタ惚れにさせる魔法。しゃっくりや、髪や髭が伸びて伸びてどうにも止まらなくなったりする、ちょっとした悪戯程度の魔法から、未熟さゆえに編み出した、大怪我必須のとんでもない内容の呪いもある。  どうしても解呪出来ない場合、学生の間であれば解呪担当の講師や教授にお願いするが、決闘に負けたと不名誉なレッテルを張られ、問答無用で放校処分になることもあるのだ。  十年前、ダウワースは魔法学院の学生だった。 当時まだ入学してから二年目ほど。同じ年に平民出身の子どもで仲の良い者もいるにはいたが、魔力の強さではダウワースに並ぶものがいなかったので、どうしても実力の面で貴族出身の子弟と魔法決闘の三人組を組まざるを得なかった。  三人組とはいえ残りの二人に何事も決定権があり、ダウワースは請われるままに術図を作ったり、彼等の失敗の尻拭いをしたりさせられていた。つまりは返されてきた呪術の解呪に一人で挑まなければならないことも多かった。  魔法でできた火の輪をくぐることなど楽な方で、学院にある地下室に繋がる深い池に飛び込んで教室までぐるりと戻ってこなければいけないなど、苛めまがいのひどい内容ばかりだった。  ダウワースが今もつ気骨と多彩な魔力をこの時かなり鍛えられた。  解呪できなければ道半ばで命を落としてしまうかもしれなかったからだ。  それでもダウワースがやり遂げればおのずと組の順位は上がる。残りの二人はどんどん増長していった。ある時学院の中で最も力のある組に目を付けた。彼等は皆の憧れの的で、当時学生のリーダー的な存在だった。彼等は硬い友情で結ばれていたが、その中の一人が平民の出だったのが気に入らなかったのだろう。ダウワースのグループの少年たちは彼に嫉妬し、なり替わりたかったのだ。  ダウワースが試しに作ってみろと言われていた術図は学院の象徴であるドラゴンの石像に命を宿らす魔法だった。  彼らはダウワースに黙ってその術図に細工をし、その石像に目を付けた少年の組を襲わせた。解呪の方法はドラゴンの動きを奪うこと。しかも丸腰で武器は持たずに立ち向かえという制約もつけた。  流石の彼らとて、猛り狂うドラゴンの前にはなすすべがなく、みっともなく教師たちに泣きつくだろう、そう思っていた。  しかし実際は違った。 「先輩たちは武器は持たなかったが、三人で連携して魔法を使ってドラゴンを捕縛した後、完全に動きを封じた。その瞬間、俺たちに魔法が跳ね返されてきた。二人は逃げ惑ったよ。連携も何もあったものじゃない。そのまま俺だけがまた一人、ドラゴンの前に置き去りにされた」  二人は逃げる前に捨て台詞をはいていた『解呪を頼んだら平民のお前なんてすぐに放校されるんだからな』と。 「俺が魔法学院に入ったのは魔力の大きさと、実家の店に箔がつけばいいって親父の我欲のためだった。だが途中で逃げるような真似だけはしたくなかった。俺はドラゴンを捕獲しようと一人でやり切る覚悟を決めた」  そのあたりは途中から、アイユーブも記憶しているところだった。当時のダウワースと思わしき少年は今の面影がない程の痩せぽっちで、身体もまだ今のアイユーブよりも小さかった。  空から迫るドラゴンの羽根の風圧にも耐え、たまに繰り出される尻尾の攻撃で砕かれた校舎の破片が雨あられと降る中、塔によじ登り、そこから別の屋根に飛び移ると、必死に魔法で大きな網を作って投げかけては逃げられていた。  アイユーブはとある理由からその日学院に呼び出されてその場に居合わせ、他の教員と共に騒ぎを聞きつけ外に飛び出していたのだ。  何度目かの攻撃を受け、ダウワースは屋根から転がり落ちた。咄嗟にふるった風の魔法で落下のスピードは弱めたものの、地面に背中を打ち付け激しい痛みで息をするのもやっとな程だった。  周囲の教員や生徒たちから『解呪を頼むんだ』と必死の叫びが聞こえてきたが、ダウワースは首を縦には降らなかった。頷いたら最後、もう自分が魔法使いになる道は残されていないと分かっていた。幼い気概を振り絞り、ダウワースは立ち上がった。  その時だった。空から禍々しい金色に瞳を光らせたドラゴンが地上に降り立ち、恐ろしい唸り声を上げながらダウワースに向かってきたのだ。  自らが呼び起した魔物に正面から睥睨され、ダウワースは身体がすくんだ。それでも何とか立ち上ろうとしたが、腰が抜け足ががくがくと震えた。勇気を奮い起こそうと脚を叩いて「動けよ!」と絶叫したが、自分の身体なのに全くいうことを聞かなかった。  そうしている間にダウワースにとどめを刺そうとドラゴンが長くごつごつとした尻尾を一閃した。 「今でも夢に見る。一瞬のことだったのに、いやにゆっくりと目の前に流れるその光景が頭にこびりついて離れない。ああ俺はここで死ぬんだなって思った。目も瞑れなかった。身体は指一本動かせなかった。だけど俺は今ここに生きている。どうしてだか知ってますよね?」  アイユーブは何も言わず、ただ柔らかな瞼を瞑って苦し気な表情を浮かべた。 「気がついたら、俺は誰かに抱きかかえられて、少し離れた場所に転がっていた」  自分を抱いていた人はダウワースを床に転がすと、這うようにして彼の前に押し出た。  ぷんと血の匂いが鼻を衝く。  見れば目の前の少年の片足は膝から下が血だらけで、その一部は肉が釣り下がり、形すら成していないほど醜く切り裂かれていた。  そんな中でも彼はなんとか膝をつき身を起こす。  白っぽい銀髪が視界いっぱいに広がり、同時に細い腕が彼を護るようにドラゴンの前に広げられた。それを見た時、ああ、天使が迎えに来てくれたんだと思った。  一瞬振り返った少女のような美貌。蜂蜜色に耀く瞳が、必死な表情が、目に焼き付く。 「立て。立って、あいつを砕け」  血を吐くような、しかし凛とした声だった。  この人だけは死なせたくない。  瞬間腹の奥から湧き上がった力は、今でも魔力ををふるう時に思い出す。自身の内に秘めた能力を最大限に引き出し、完璧に統制を果たした瞬間でもあったのだ。 「俺は最後の力を振り絞って、二つの魔法を組み合わせた。捕縛ではなくドラゴンの身体を粉々に砕いて、その粉末を風に乗せて四方に吹き飛ばした」   当時のアイユーブは治癒魔道騎士。魔道騎士は三種類以上の魔法を使いこなせる、攻撃力にも優れた才のある者だけがなれる高位の魔法使いだった。あんな紛い物のドラゴンを捕獲するなど自分が魔法を奮えばたやすいことだっただろう。   「自分が同じ立場になってから、考えましたよ」  自分ならば例え魔法使いになれなくとも、学生の命を優先して、というよりも自分の命を優先して魔法を奮っただろう。あんな捨て身な行為、出来るはずもない。 「でも貴方はあの時そうしなかった。何故ですか?」  答えを薄々知っている癖に、ダウワースはわざとアイユーブに、自分の命の恩人である男に尋ねる。 「……俺は平民出身で、護ってくれる大人もいない王都で魔法学院に入った。放校されたら田舎に帰っても行き場がなかったから、どんなに嫌な目にあってもあそこに喰らいついて、早く力をつけて魔法使いになってやるって思ってた。あの時どんなに周りが説得しても、お前は首を縦に振らなかった。だから思ったんだ。こいつは俺と同じでここ以外居場所がない奴なのかもしれないって。だからぎりぎりまで、お前を、あの小さな子供を信じてやりたかったんだ」  それはまさにあの時からダウワースが思い描いていた答え。  それがダウワースが長年探し求めてきた恩人、アイユーブの強さであり優しさだった。 「あの後、同じ学生だと思っていた貴方が、異例の若さで神子様に使える神殿護衛騎士団に入った治癒魔導士だと教師から教えられた。あんなにぐちゃぐちゃになった貴方の脚も、神子様ならば傷一つ残らずに綺麗に直してくださるだろうから心配いらないと言われた。それから俺は、貴方に再び出会えた時に恥ずかしくないように、まずは魔道騎士になることを目指したんだ。治癒の力は最初あまり才能がなかったから磨くことはなかったが、魔道騎士団に入団して、王都の警備を任された。神殿護衛騎士団に入ればあなたに会えると思ったから、次の目標はそれになった。だけど或る時、王宮の近衛騎士団と合同で警備を任された式典で、神子様の傍に貴方の姿はなかった」  アイユーブは痛みをこらえるような表情をして、触れれば蕩けるように柔らかな頬を歪めて瞳を反らした。ダウワースは卓上に置かれたアイユーブの手の上に自らの手を重ねる。 「なぜですか? 俺に教えてください。何故万能の治癒力をもつ神子様につかえていた貴方の足が完全には癒やされぬまま、一線から退くことになったのですか?」 「これは俺の過ちの証。だから良いんだ」
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