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14 神子
「あの方は夜ごと、幼く無垢で可愛らしい貴方と二人きりで寄り添っていたのでしょう? 男ならば触れずにいられるはずがない。その点は神子様に同情を差し上げましょう。今はこれ以上はしないから、それと貴方の足が完全に治らなかった話がどう結ぶ付くのか教えてください。俺への返事はその後で」
はあはあと熱い息を腕の中でついたアイユーブが哀れになって、ダウワースはしっとりと濡れた前髪をかき上げ、白い額に口づけを一つ落としてやった。呼吸が整うと、アイユーブはすうっと息を吸い込む。
「神子様は、俺と年が一つ違いで、王都から離れた田舎の出身だったから、お互い故郷の話をするうちに気心が知れてきて。請われた時はたまに共寝をするようになってた。でもそれは本当に、添い寝するだけのやつだ。神子様の傍付きの人たちは俺のことを魔力は強いけど田舎育ちで年の割には何も知らない子どもだと思っていて、特にそのことを咎めることもなかった。神子様も即位前だったし、子ども同士がじゃれ合ってるみたいに見えたんだろうな。俺も神子様もその、見た目は幼かったから」
「そうですか」
「俺はその時まだ知らなかったけど。神子様も成人を迎えたら望めば好きな治癒魔道騎士に抱かれることも、公にはできないが恋人関係になることもできると教えられるらしいんだ。その代わり妻も子も生涯もてない。そういう決まりだって。でも、その。神子様は……」
「抱かれる側でなく、抱く側として、貴方のことを好いていたんですね?」
ダウワースの胸に汗ばんだ顔を押し当てたまま、アイユーブはこくりと頷いた。
「俺は田舎から出てきてそのまま学院の寮に入って。あっという間に魔法使いになったからそういう、性の知識に疎くて。神子様が、俺のその、男のもの? あれに触ったり、身体を撫ぜたりしてくることが秘め事だって分からなかったんだ。親しい人とならばするっていわれてそんなもんかなって」
「そう、ですか」
「段々それが頻繁になってきて、俺も流石に何かおかしいなって思って、適当な理由をつけて共寝をしないようにできないかって、こっそり神官に尋ねたんだ。それで共寝が最後の日になるっていう時に神子様にいつもみたいに触られて、その日は少し様子がおかしかった。神子様に伸し掛かられて。怖かったけど縋るような目で見られたら抵抗で出来なかった」
「貴方は優しい人だから」
「あの人の孤独を知っていたから、生涯傍にいて欲しいって言われて。俺は同情からあの人に誓ってしまった」
優しいアイユーブ。だから自分のような男にも付け込まれるのだ。
「神官も俺たちの様子に何か気づくところがあったんだと思う。夜中にこっそり覗きに来られた時、神子様が俺に初めて口づけを与えている最中だった。俺は知らなかったけど、神子様の口は聖なるもので、例え抱かれている時でも人に許してはいけないんだ。それから自らが抱く側になるのも禁忌だ。妻帯と同じ意味に捉えられる。そっちは未遂だったけど、神様への祈りを捧げる聖なる部分を穢したとして、俺は神子様から引き離された。多分神子様も禊の為に長くどこかに軟禁された。あの日俺が学院にいたのは事の顛末を魔力で聴収されるため。神子様は俺は無垢で何一つ知らなかったと。俺を一方的に愛した、そう証言されていたそうだ。俺はその真意を確認された」
『アイユーブ、愛している』そう繰り返し繰り返し、囁いてきた。どこか掠れ哀切に響く神子様の声はいまでも耳に残っている。
俗世での名前を名乗ることすら禁忌で、アイユーブはたった一度でも、彼の名前を呼び返してあげることができなかった。
あの事件の裏には二重の悲劇があった。
ダウワースは何も知らずに師を責めた己を恥じた。
「神殿は俺の足が完全に治らず、職を退く代わりに神子様との行為は全て不問にした。神子様は潔斎中で俺の足を癒しに来られなかったことを悔いて、悔いて……。一時お心を病んでしまわれたと後になってから聞いた。俺はどうして差し上げられることも出来なかった」
確かに即位前、長期にわたり神子様が病を得られて静養されているという噂が流れたことがある。そのせいで即位の時期が遅れたということも。
「神子様を男として愛しておられたんですか?」
「分からない。愛も恋も、あの頃の俺には、なにもかも曖昧でわからなかった。でも俺の孤独にもあの方は寄り添ってくれたから。兄のように慕わしかったよ。結果的に俺はあの方との誓いを破った。でもどこかであの方の騎士に戻れなかったことを、ほっとしてる自分もいたんだ。狡いだろ。この傷は俺の罪の証だから。だからダロワース。お前が真っすぐな心根で俺を救ってくれようとする必要はないんだよ。俺はこの傷を抱えたまま一人で生きていかないといけないんだ」
互いに思いが溢れて、言葉にならなかった。隙間を埋めるように抱きしめ合う。
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