15 腕の中

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15 腕の中

「さあ、この話はお終いだ。お前あれ出来るだろ、洗浄魔法。掛けてくれよ。疲れたんだ。俺はこのまま寝るから」 「師匠」 「今は俺だって知ってるぜ、洗浄魔法最初に覚えたがる奴はスケベだって。何のことか意味わかんなかったけど、言われてみりゃそうだよな」 「アイユーブ」 「このまま『声』が戻らなくたって、俺はもういい。力は弱まるし、出来る治癒は少なくなるかもしれないけど、この診療所程度なら別に困ることもない。俺なんて静かなぐらいがちょうどいいだろ、誓ったことも守れないようなこんな『声』、別に大切でも何でも」  ダウワースは堪らなくなってがばりと起き上がると、小さな身体を自分の足の間に向かい合わせに抱き上げて、膝を跨ぐように座らせた。 「アイユーブ、黙りなさい。自分を卑下することは、貴方自身だって俺には許せない。貴方は、あの時確かに俺の命を救ってくれた。神子様にも、誠心誠意尽くそうとしていた。そんな貴方が心も身体も傷ついたまま、この先も一人で生きることが、俺が、俺自身がどうしても嫌なんだ」  月下に耀くアイユーブの瞳の端には、一粒の涙が滲んで今にも落ちそうだ。  口ではあんな風に威勢のいいことを言うが、迷子になって途方に暮れた子のようにいじらしく可哀想な顔をしている。 「アイユーブ。聞いて下さい」 「ダロワース?」 「俺に抱かれて、呪いが解けたら。その時は本当に、俺の愛を信じてくれますか?」 『お前に心底惚れてて、愛してくれる男に抱かれる』  スィラージュの言葉が脳裏に蘇る。アイユーブの瞳から最初の一つ雫に導かれ、とめどない涙が零れ落ちる。  返事の代わりに、ダロワースの背中に腕を回してぎゅっと抱き着いた。 「アイユーブ。再会した貴方は想像していた完璧な人ではなかった。思ったよりも手がかかる人で、無邪気で、子どもっぽくて、だけどみなから慕われていて。俺はそんなあなたが、すごく愛おしい。放っておけないんです。傷を癒すだけじゃ足りない。貴方のお世話を、ずっと俺にさせてください」  言葉を惜しまぬ弟子に宝物のように懐にしまわれ、抱きしめ返される。  なんだか半分褒められてはいなかったけど、それでも幸せだった。  胸の中にじわりと温かなものが満ちてきて、さらに身体から力が抜けた。全てを包み込む腕の中にいたら、アイユーブはその温みと酒の酔いが手伝って身体がとろとろホカホカしてきた。  その間に一瞬身体全体をひやっと水気を含んだ涼しい風が駆け回る感覚があり、ダロワースが魔法で清めてくれたのだと分かった。  それでも眠くて眠くて、頬を何度もダウワースのふかふかの胸筋の間でおさまりやすい場所を探して動かしてから夢見心地で呟いた。 「ところでダロワース。めすいきってなに?」
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