エピローグ

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エピローグ

 あれから半年がたった。  ダロワースは無事に治癒魔道騎士となり、今は王宮を警備する近衛魔道騎士団に籍をおいている。治癒の力が強くなったからこそできる、要人警護の要となる仕事に昇格した。もちろん順位の登録をし直す際に諸外国からも多くの求人が舞い込んだが、ダウワースはこれからも国を離れるつもりはない。  アイユーブはといえば、相変わらず平民街の路地の奥。人目を隠れるようにしてあるおんぼろ診療所で街の人々と仲良く暮らしている。 「師匠、何度言ったらわかるんですか。汚れ物をこっそり隠すのは止めてくださいね。今日こそしっかり洗濯してくださいよ」 「え、ちょっと置いておいただけだよ。このところ天気悪かったし」 「言い訳は聞きません。この間もそんなことを言っていましたよね」  今日も診療所の軒先で繰り広げられる恋人同士の他愛もない朝の会話を、近所の人たちは微笑ましく見ている。 「先生、幸せそうだねえ」  そんな風にまた今日も近所の奥方たちから揶揄われ、アイユーブは照れたような顔になり、ダウワースの忘れ物を取りに奥に引っ込んでいった。 「ダロワースさまがこの先も先生の面倒見てくれたらいいなあって、あたしら思ってたんだよ。王宮にお勤めの騎士様がこんなあばら家に通ってくるなんざあ、先生もすみにおけないねえ」 「でも本当はもしかしたらもっとお傍にいらっしゃって欲しいんじゃないですか?」  ダウワースはしーっと指を立てると、見たら寿命が十年延びると皆から評判の爽やかな笑顔を見せる。 「そうですね。内緒ですが。この路地には実はすごい護りの魔法が掛けられているんですよ」 「またまた。こんな小汚い路地がかい?」  ダウワースは今もアイユーブが隠れ暮らすこの場所に通ってきている。  無頓着なアイユーブは相変わらず自分の身の危険など気にも留めていないようだったが、ダウワースは再び彼が呪いの標的になるやもしれぬと気をもんでいた。あるいは、神子として今では押しも押されぬ存在となったあの方が、今でもアイユーブを探し続けているのではないかとも疑っている。  愛しいアイユーブを護るためにはと自分の屋敷に呼び寄せることも視野に入れていたのだが考えを改めた。  アイユーブが愛着あるこの場所を離れたがらなかったのが一つ。もう一つはそれならばと伴侶を護るためもっと広い範囲で守護の術図を引こうとダウワースが診療所の周囲を広く心眼鑑定したところ、実は路地ごと古今の護符を合わせたような綿密で強力な術によってすでにこの場所は強力に守られていると分かったのだ。   しかしそれでは何故かあの時、その術図をすり抜けてアイユーブは呪いを受けたのか。  この街にアイユーブを導いたのはスィラージュ。そしてアイユーブがこの場所にいることを知るものは少ない。あるいはあの時……。 『愛を得るために、時には相手を激しく揺さぶることだって必要だ』  高らかに宣言したドラゴンの眼を持つ食えぬ男に、そのことをわざわざ問い詰めにいったりはしていない。  今、愛しい師であり伴侶であるアイユーブが、ダウワースを見るたび幸せそうにミルク色の頬を紅潮させて微笑む、なにものにも代えがたいこの瞬間を手に入れたのが自分だという事実さえあればダウワースは満足なのだから。  詰め所で皆で食べてと色々と詰め込んだ籠を持ったアイユーブが戻ってきて、ダウワースの隣に寄り添うように立ってくれる。すりっと何となく肩を寄せてくるだけでも、愛情がまたダウワースの心に零れて溜まる。 「まあちょっとねえ、困るのはさあ」 「なんですか?」 「このところ暖かくなってきたもんだから先生たち、二階の窓開けてるでしょ? あんたたち仲良しがすぎてさあ、朝方まであの声が井戸ンところで反響してるのには参るけど」 「え、どういうこと?」  隣近所の奥方たちがアハハハッと笑うから、アイユーブは顔を真っ赤にして困り果てた目つきで伴侶に助けを求める。相変わらず鈍感で初心で愛らしいアイユーブの反応を堪能しながら、ダウワースは彼を引き寄せこめかみに口づけた。 「だから言ったでしょう? アイユーブ。貴方は声が大きいんですよ」 「え、あ……。わかった! わかったから。お前仕事いけ!」 「行ってきます。師匠、愛してます。アイユーブ」 「俺だってさ、愛してるよ。ダウワース」      臆面なく口付けを交わすとダウワースは愛しい人を隠したこの路地裏を後にして、意気揚々と仕事に出かけていった。                                                                                                                                    終        
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