2 魔法決闘

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2 魔法決闘

 アイユーブが生まれ育ったこの国は、周辺諸国にその名を轟かす魔法大国と呼ばれている。老いも若きも魔力が強ければ強い程、その者の価値が高まると言っても過言ではない。総じて階級が上のものに強い魔力もちが集中することも権力の縮図を考えれば致し方ないことだろう。  魔力こそがこの国の力の源だ。  それ故、古くから「魔法決闘」という伝統文化があるほどだ。  「魔法決闘」とは平たく言うと、魔法使い同士が互いの魔術の研鑽目的で魔力を用いた対決をし合うことを指している。  魔力持ちの中でも特に優秀なものに門戸が開かれる王立の魔法学院。そこを卒業することができれば晴れて魔法使いとして名簿に登録される。魔道騎士、治療師、魔法工芸士等後に付く職業別にスキル鑑定魔法によって図られた実力毎に順位が振り分けられるのだ。  もちろんそれが魔道騎士団所属や魔法省勤めであったらそれがそのまま配属先の階級に直結するからみな躍起になってその順位を競うことになる。  相手を呪う魔法を掛け、掛けられた相手はそれを解呪する。  解呪されたら今度は掛けた主に呪いが跳ね返り、解けなければそこで勝敗が決するのだ。負けた方の階級を奪えるとあって、下剋上を狙って仕掛けるものが後を絶たない。   魔法使い同士は売られた決闘は必ず買わねばならぬと決まっている。  毎年春に新人が名簿に載った直後には、この王都で激しい魔法決闘が繰り広げられるのだが、今はそんな時期でもない。 (はあ。名簿に名前が載った直後じゃあるまいに、階級に拘らない仕事をしている俺が、なんで今更『魔法決闘』をうけないといけないんだ)  この街に診療所を開いてからそれなりの人数を癒してきたが、何かと気を使う貴族専門の治療師でも、重病人が運ばれてくるような何人もの治癒師を抱える神殿に勤務しているわけでもない。  軒と軒がぶつかるように家々がひしめく平民街の中、アイユーブが開いている粗末な診療所に来るのは大体一度の手技と声紋魔法で不調は治ってしまうような軽傷者だけだ。  毎日通ってくるのは男やもめのアイユーブに朝な夕なに食べ物を運んできてくれる世話焼き婆様方ぐらいで、彼女らは診療所の前の路上に勝手に椅子を置いて日がな一日お喋りしている。  金はもうからないが街の人たちの中に居場所を貰ってのんびり暮らしている。  このおんぼろ診療所もあの日飛び出してきた場所から着の身着のまま流れ着いたアイユーブに、街の親切な人々が用意してくれた住処だ。だからアイユーブはそんな街の人たちの役にたつことで、日々のささやかな営みを続ける。   過去の栄光はどうあれこの暮らしにすっかり満足していた。  だから人に感謝はされることはあっても恨まれる覚えは全くないはずなのだ。  市井で癒しの魔法を施しているアイユーブに『決闘』を挑んだところで、相手になんの利点があるとも思えない。 (眠る前までは多分声は出ていた。診療所に顔見知りでない訪問者もいなかった。寝てる間に術式が飛んできた? 隣り部屋で寝てるダウワースがその気配に気づかないはずないと思うけどなあ。遠隔で術式を操れるってことは、それなりに腕に覚えのある魔法使いだろうな。益々持ってそんな実力者が俺を狙う意味が分からない。解呪の為に心眼鑑定して術図を開くか……。うーん。俺も出来なくはないが時間がかかる。声が出ないと仕事もできんし不便だな。だとしたら、しょうがないなあ。あいつのところにでも行くしかないか)  言葉にできない分頭の回転を高め、今日これから起こすべき行動に筋道をつけていく。  それにしても昨晩の事を思い返すが呪った相手の見当もつかなった。声が出ぬまま呼気だけで深くため息をついたら、重たげな音を立てて部屋の扉がコンコンコンと叩かれた。 「師匠? 起きてますか?」  返事がないとみるとまた、安普請が揺れるほどに戸をゴンゴンゴンゴン……。 「どうかされたんですか? 師匠?」 『ダウワース、この馬鹿力。扉が壊れるぞ』  と言いたいところだがやっぱり声は出ない。  ここには「治癒師」の技術を学びに来ている押しかけ弟子は、現役の魔道騎士だ。彼の剛腕に家を壊されてはかなわない。  仕方なく立ち上るとのろのろと扉を開いた。 
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