3 よくできた弟子

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3 よくできた弟子

「アイユーブ、起きてたんですね? まったく。またどこの馬の骨が着ていたのかも分からない古着を着て……。俺が用意した夜具はどこへやったんですか?」  彼はアイユーブがその昔市場で見つけ、長年くたくたになるまで愛用している古着をことのほか目の敵にしている。繊維がイイ感じにほぐれて気に入っていたのだが、まあ確かに全体的に薄ら黒ずみボロ布にも見えなくもない。  神経質ともとれる弟子の発言にくすりと声をたてずに笑うと、何がおかしいんですか、というように年下の青年は口元をむっと引き締め噤んだ。  ダウワースは商家街では名の知れた大店の息子で、平民の中では破格の魔力を持っていたから兄弟に店を任せて魔法使いになった。『龍殺し』なんて物騒な二つ名を持っている癖にえらく爽やかで、騎士の制服を着ていない時でも身なりは清潔感に溢れきちんとしている。  ダウワースは起き抜けのままで鳥の巣のように縺れまくったアイユーブの髪を遥か頭上から覗きこんで眉を顰める。  隣りに立つと、華奢なアイユーブは弟子の肩口ぐらいまでしか背丈が届かないのだ。 「綺麗にとかさないとまた毛玉になって切らねばならなくなりますよ。折角の月の光のように美しい、白銀の髪なのに」  節の高い指がアイユーブの耳に僅かに触れ、後ろへ後ろへと優しい仕草で髪を撫ぜ付けていくのがこそばゆい。猫のように眦の切れ上がった眼を細め、アイユーブは心地よさげにされるがままになっていた。   自分の見た目に無頓着なアイユーブに代わって、彼があれこれと世話を焼き、実家の商家から持ち込んだあれこれで身ぎれいに整えようとしてくれるのにももう慣れた。  騎士団自体から正式に依頼があったとはいえ、弟子にすることでアイユーブが何か得られるわけではないので気を使ってくれているのかもしれない。  彼から与えられた上等な夜具は洗濯の仕方が分からず、数回着た後こっそり丸めてしまっている。そんなことを知れたらまた小言を言われてしまうかもしれない。でも自分のようなものには過ぎた品だと思う。  母猫が子猫の毛づくろいをするように、ダウワースはアイユーブの柔い髪を整えるのに余念がない。そんな本人はというと騎士団での鍛錬後であるのに果物に似た爽やかな香りすらし、後ろに撫ぜ付けられた髪もすでに綺麗に整っている。かなりの色男なのに軽薄な感じがしないのは、やはりこの鍛えられあげた体躯のおかげか。大柄な割にきびきびと動くその壮健さが羨ましくなる。  その上今すぐにこの国で一番の誉ある『神殿護衛騎士団』に入隊できそうな怜悧で端整、ありたいていに言えば賢こそうな非常に整った顔立ちをしている。  かの騎士団は神子様が儀式を行う際には必ず傍につくため見栄えも重要なのだ。そして治癒師としての力を有していることも必須とされている。  このまま自分に師事し治癒師としての手ほどきを受ければ、才能あるこの青年なら必ずや治癒魔導騎士になり、望めば出世も叶うだろう。  アイユーブは大きくため息をついた。  弟子は古着から覗くアイユーブの白くほっそりとした肩を見とがめると、大きな手で摩るようにして包んできた。 「こんなに身体を冷やして。あれだけ言ったのに、また窓を開け放って眠ったんですね? 冷えは身体に毒です。右脚への負担も増えますよ。後で治癒魔法を流させてください」  男の掌は指も長ければ掌も非常に大きい。触ると分厚く硬い掌なのに、伝わる熱は温かく優しい。  声が出ぬことをすっかり忘れ、いつもの調子で「わかったって。ごめん」と軽く言おうと思ったら口だけ木製の操り人形のようにはくはくと空しく動いた。 「師匠?」 (それがさ、俺、今声が出ないんだ)
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