7 食えない従兄

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7 食えない従兄

「ふざけないでください。俺たちは真面目に解呪の方法を探りに来たんです。品性を疑いますよ?」 「ちょっと、従兄さん! 意味わからない」  真面目なダウワースが怒り心頭といった様子で、アイユーブの腰かけた椅子の背もたれを拳が白くなるほど力を込めて掴んだ。  スィラージュは異国のきらきらした貝で描かれた飾りが美しい執務机の上に片手をつくと、芝居がかった仕草でひらひらとその白い掌を蝶のように舞わせた。 「揶揄ってなぞいない。もっと細かく言えば『お前に心底惚れてて、愛してくれる男に抱かれる。女のように乱れて、三回連続でイク』だな。ほら、厄介だって言っただろ?」 「嘘だろ」  学生時代の悪ふざけの過ぎる決闘の延長のような内容に、逆に師弟は狼狽えた。 「嘘をついてどうする。俺に何の得がある」   アイユーブがどんな顔で聞いているのか後ろに控えたダウワースからは見えなかったが、背もたれから覗いていた銀髪の頭が見えないところを見るとがっくり項垂れてしまったようだ。その上肘置きを指でとんとんとん落ち着きなく叩いている辺り、かなり動揺しているのが見て取れる。 「それにしても碌でもない魔法だね。お前に惚れた男が、お前を手に入れたくて自信満々に仕掛けたとしか思えないが? 解呪に困ったお前に頼まれて呪った本人がお前を抱けば、お前を手に入れられると思い込んでるんだろうな。 逆に万が一返されたら俺ならこの内容願い下げだけど。心当たりはあるのか?」  確かに返された場合は自分も同じ目に合わなければならない。ぞっとしない内容だ。心当たりの単語に師弟は二人仲良く首を動かし反応を見せた。師は傾げ、弟子は振ったが。  ダウワースが俺に任せてくれと伝えようと、椅子の前に一歩踏み込もうとしたが、それを牽制する様に、スィラージュはまたにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。  その不快な笑顔にダウワースは若さゆえ、こらえきれずに顔を顰めてしまった。 「こんな風に相手を縛り付けるのは愛じゃない」 「愛を得るためには、時には相手を激しく揺さぶることも必要だ」  異国の絢爛豪華な、だがどこか胡散臭い衣装に身を包んだスィラージュがさっと動いてアイユーブの小さな顔を両手で包んで自分の方に向けさせた。 「アイユーブ、それでは私に身体を委ねてみるかい? お前は見た目だけなら私の可愛い愛人たちとも遜色劣らぬ美しさだ。髪はぱさぱさだし、頬の血の気が足りないようだが、まあ若干手を入れれば見違えるようになるだろう。あの方を虜にしたようにね?」 「その話はやめて」  彼の言葉にアイユーブは僅かに目を見張ったが、その後は彼は人形のように動かなくなった。それがダウワースには歯がゆく、二人のやり取りの中に自分の知りえない遠い昔の内容が入っていることにも焦れ気持ちが急く。  スィラージュがぱちり、と再び芝居がかった仕草で指を鳴らすと、たちまちアイユーブの髪は櫛削られた直後のように星を紡いだ銀糸のような艶めきを取り戻し、肌からは蠱惑的な甘い花の香りが立ち上る。着ていた衣服は妖美な紫紺の薄物へと変化し、薄布の間から彼のほっそりした手足や、蜂のようにくびれた細い腰が艶めかしく見え隠れしている。  だぶだぶの着丈すらあっていないような煤けた色の古着姿でない、にこりともせぬアイユーブは人の体温すら感じさせぬひやりとした麗人にみえ、傅く男が後を絶たないような一種異様なまでの色香が漂っている。初めて見る師の艶美な姿にダウワースが息をのむと、スィラージュがおもむろにアイユーブの小さな頤に手をかけた。 「うむ、上出来だな。やはり綺麗なものだな。一族のものの肌の柔さと滑らかさは他ではまず味わえない。白絹の肌に映える桃色の胸飾り。吸いつけばすぐ薔薇色に色づいてすぐよがる。極上の身体だ」 「貴様! 師匠になんて無礼を!」  たまらず激昂したダウワースが男の胸倉を掴み上げる。だがすぐさま電流が走ったような衝撃が腕を駆け抜けた。すぐに手を離しそうになったが、腹に力を入れてぐっと痛みに耐える。だが沢山の針で突き刺されるような痺れは続き、脂汗が額に滲んできたがそれでも離さない。  スィラージュにかけられている強固な防御魔法のようだ。だがこれに怯み退いたとは意地でも思われたくはなかった。 「ダウワース、手を離しなさい」  日頃はのんびりとした師が鋭い声で制してきたので仕方なく腕を離すと、すぐに白くほっそりした指先が痺れ痛みを訴えるダウワースの腕を掴み、じわりと温かなアイユーブの治癒の魔力が普段よりずっと弱弱しく流れ込んできた。 「それに私ならばお前のことを、まあ幼いころから可愛がって、愛してきたわけだし? 一応解呪の条件は満たしているだろ?」 「従兄さんが?」 「きっとお前が何もかも全て忘れて溺れるほど、気持ちよく抱いてあげられるよ」 「そんなこそ、許せるか!」  ダウワースは師の手を振り払うと強引に椅子ごと自らの方に引き寄せ、声を荒げた。 「そのうちこいつを置いて騎士団に戻るお前が口をはさむことじゃないだろ?」 (スィラージュはどこまで俺たちのことを知っているのだろう)  スィラージュが解呪師として王都の裏にも表にも精通しているであろうことは知っていた。
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