第7話

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第7話

「よしっ!」  大滝は気合のこもった声を上げた。  頭上わずか十数センチを掠め飛ぶ、通常弾の凄まじい発射音と火煙も意に介さず、力をこめて吸着パッドを引き剥がした。巧みに体を入れ替え、体操競技の按摩から降りるように脚を交差させ、戦車後部から腹ばいに滑り落ちるように左側面に背中を着け、膝をついて身体をかがめた。  全身が分厚い装甲で覆われ、重火器を装備した身長二メートル半の人型ロボットのようなずんぐりした外形からは、とても想像できない軽やかな身のこなしだ。  ここなら戦車のカメラと砲台の死角にすっぽり収まる。戦車前後部のレーザー砲と通常弾砲、側面のガトリング砲は、大滝の姿を求めて狂ったように上下左右に目まぐるしく動いていた。  大滝はヘッドギアの下で凄みのある笑みを浮かべた。獲物は引きずり倒した。後は止めを刺すだけだった。  倒壊した建物の陰を縫って、五十メートル付近まで接近したハンスの姿を認めて、指で合図を送る。拡大映像で合図を確認したハンスは、右腕に装着した武器ユニットを高速ライフルを切り替え、人差し指をトリガーに当てがった。  照準スコープ越しに慎重に狙いを定めて、コンクリートの瓦礫の隙間から、戦車左側面に埋めこまれた半球状の外部レンズを撃ち抜いた。標的の動きが止まりさえすれば、後は映像ロックオンで的確に照準を合わせるだけだ。万が一にも的を外す恐れはない。  「バスッ、パスッ、パスッ」と微かな発射音と共に、レンズが次々に粉々に割れてはじけ飛ぶや否や、大滝は背中に背負った破城槌を両手で引き抜いた。感覚としては、なぜかこうした原始的な武器が妙に手にしっくりくる。  戦車左側面の死角に屈んだまま、ヘッドギアに覆われた顔を上げて、狙いすまして頭上のガトリング砲に猛然と破城槌を叩きこむ。鈍い金属音を発して砲身が一瞬で飴のように曲がった。機動歩兵ならではのパワフルな荒業だ。器用に横ずさりしながら、ずらりと並んだ砲身を次々に叩き壊してゆく。  機動歩兵を恐れて、敵兵は戦車から姿を見せようとしない。戦車上部の主砲とレーザー砲に、右側面のガトリング砲だけが大滝の姿を求めて虚しく回転していた。 「仕上げだ!」 と、つぶやいた大滝は、ハンスに向かって右手の親指を立てて見せた。  うなずいたハンスは、背中に背負ったロケット・ランチャーをいったん地面に下ろしてから、片膝を地面に着いて両手で抱え上げ右肩に乗せて構えた。通常のロケット弾とは訳が違う。重量のある劣化ウラン弾を装填した対戦車装甲用の特殊弾だった。  深刻な放射能汚染を招くため、国際法で非人道的武器に指定されているが、この地はもはや国際法も通用しない無法地帯と化していた。うち続いた戦争で荒れ果てて、すでに相当量の放射能で汚染され、住民の多くは避難もしくは地下生活を送っている。今さら放射能汚染が多少増えたところで、もはや気に留める者などいなかった。  平和で豊かな国とは大きく異なり、ここでは放射能や汚染された水や感染症は、の一部だ。安全という言葉は、爆撃で崩れ落ちる建物の中にいないことを意味する。荒廃した戦地の過酷な現実だ。  大滝はその間に戦車の脇に屈んだ大滝は左脇の下に手をやり、ラッチを外して大型の予備バッテリーを取り外した。防護カバーをスライドして、現れた小型パネルに0120と数字をインプットした。慎重な手つきでバッテリーを戦車の底部に押し入れてから向き直る。  立膝を突いて短距離のクラウチングスタートのように身をかがめ、鋭い目つきで前方を睨んだ。左手でOKサインを示すハンスの姿をアイシールドで確認、手を広げて五本の指を立てて見せた。じゃんけんの要領で四本、三本と合図を送る。 「ファイブ、フォア、スリー・・・」  小さく声に出してカウントしながら、短距離走のクラウチングスタイルで身構えて待った。残り一秒を示した後、不意にグイッと拳を握ってゴー・サインを出すなり、猛然とスタートダッシュをかけて戦車の側面から飛び出した。  撤退時には一直線に最短距離を狙う。ハンスが潜むビルの廃墟へ向かって疾走する大滝の目に、ロケット・ランチャーが火を噴くのが映った。白煙の尾を曳くロケット弾と、数メートルの差ですれ違ったが、瞬き一つせず疾駆する。  複数のカメラが戦車から離れ視野に捉えた大滝の後ろ姿を追い、AIが主砲とレーザー砲を回転さえ照準を合わせた。しかし、発射間際にロケット弾を確認して、慌ただしく照準を合わせ直した。  だが、時すでに遅く、白煙の尾がスーッと伸び、ロケット弾が吸いこまれるように戦車上部を直撃した。  「ズズーン」と腹に堪える低い轟音を発してロケット弾が爆裂し、同時に真っ赤な火柱がパッと上がった。レーザー砲と主砲の砲身が吹き飛び、車体が大きく揺らぐ。火柱が消えると、戦車の砲台と台座は、半ばもぎ取られて無残な姿を晒していた。原状を留めていない残骸から、黒煙が立ち昇ってくすぶっている。 「いいぞ、よくやった!」  ビルの陰に飛びこんだ大滝はニンマリ笑ってハンスをねぎらった。ハンスはフッと止めていた息を吐き出し、ロケット砲を背中に戻した。  初出陣で知らず知らずひどく緊張していたのだ、と改めて思う。
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