第2話

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第2話

「1315時にレーダー網が中規模妨害電磁波圏を検知した。CIAが新兵器の搬送計画について断片的だが情報を入手したばかりだが、さっそく異変が起きた。現地にはマストドン級戦車も運びこまれているため、北米連邦軍に機動歩兵小隊の出動を要請した」  中央統合軍司令官トマス・ジャーディアン中将は、ホログラムモニターに映る戦略マップを指し示しながら、CDCに集合した面々を見渡した。  年の頃は五十台半ば、クルーカットのグレーの髪とシャープな細面に鋭い眼光の持ち主だ。長身で筋肉質な引き締まった体形が部分若返り施術を受けているか、日ごろの節制の賜物かは判然としないが、歴史的な紛争地帯にふさわしい百戦錬磨の指揮官として定評がある。  きびきびと声を張り上げた。 「地下道はこの街の下も通っているが、通常、物資や武器の搬送は夜間に行われる。真昼間に妨害電磁波を起動した理由は不明だ。陽動作戦の可能性もあるが、プロトコル通り対応する。機動歩兵の支援に有人機を派遣する。高速爆撃機五機、戦闘機小隊、偵察機一機だ。周辺に高射砲は存在しないが、山岳地帯に散在するゲリラは、長距離ロケット砲を保有している。念のため、応援要請があるまで偵察機以外は高空で待機するように。妨害電磁波を無力化でき次第、攻撃ドローンとロボット兵部隊が地下トンネルに突入を試みる」 「久々に最速機の出番だな、スワン」  クーガーことビル・コーテル大尉が隣の席から小声で話しかけると、ビアンカは飛行服を着けた首を傾けて耳元へささやき返した。  底知れない罪悪感から現実に立ち返って気が紛れ、緊張よりむしろ安堵を感じていた。 「イーグルアイカメラもバージョンアップしたから、ばっちりよ!」 「そいつはいい!が、今日はマッハ6は必要なさそうだな?」  スワンが極力話題にするのを避けているブラック・イーグル作戦の名は出さないよう、クーガーは気を遣った。もっとも、ビアンカがすでに軍を去る決意を固めているとは露ほども気づいていない。  ビアンカ本人にも、いつどのようにして軍を離れるか皆目見当もつかないのでは、ひた隠しにするのも当然だった。(*) 「そうね、敵機は出て来そうもないから、地上の動きを探るだけ。出番があるとしたらあなたたちよ。妨害電磁波圏内なら、マストドンが複数出て来ても爆撃できるわ」 「ああ、マストドンの映像ロックオンは精度が低い近距離用だ。レーザー砲も恐れなくていい。周辺の高射砲台も壊滅済みだ。一人乗りでもOKだ!」  妨害電磁波が消えても、友軍の戦闘機と爆撃機はステルス仕様で、敵戦車のレーダーロックオンは効かない。残された問題はマストドンの並外れた強固な装甲だ、とクーガーは考えていた。  レーダー・ロックオンが効かないのはお互いさまで、あの高速戦車は、爆撃機が画像分析で放つ滑空爆弾ではとうてい追い切れない。と言って、戦闘機の空対地ミサイルで破壊するとなると、少なくとも二発、それも駆動装置を直撃しなければならない。   「マストドンを確実に仕留められるのは機動歩兵だけだ。中央軍に配属が決まった時、研修で実写映像を見たが、まさに巨象を襲う虎だった!この目で連中の実戦を見られるとはな。低空で(じか)に見物したいぐらいだ・・・」  ミッションを前に、クーガーは昂る気持ちを抑えかねていた。  うまくことが運べば、あの街の地下に張り巡らされた要衝を押さえられる。恐るべきレーザー砲と戦った命がけのブラックイーグル作戦に比べれば、今回は遥かに難度が低い。確実に戦果を挙げられるはずだ!  灼熱の太陽がジリジリと容赦なく照りつけ、ゆらゆらと立ち昇る陽炎が見渡す限り広がって視界をさえぎる。モビール・スーツの内部は温度調節が効くが、太陽と地面からの輻射熱で、表面温度は摂氏八十度まで上がる。  アメリカ陸軍と北米連邦軍に所属するマイケル・大滝大尉はヘッドギア越しに、見慣れた砂漠地帯を見渡した。  降り注ぐ強烈な陽射しをものともしていない。機動スーツ姿の全身は装甲に覆われ、身の丈は二メートルを大幅に超えている。機動性より破壊力が必要なミッションとなれば、小型ミサイルも装備するが、そうなると総重量は八百キロにも達する(**)  ヘッドギアの内部は高性能機器が詰まっていた。高解像度カメラを内臓したスカウター、ヘッド用エアコン、額や目周辺の汗を自動的に排除する吸水パッド、非赤外線型暗視鏡、レーザー照射視認フィルター、瞬きに連動するモールス信号の発信・自動翻訳機も標準仕様である。モビール・スーツ本体には、負傷や体調不良など緊急事態に備え、急速冷却装置、生命維持装置、自動AIDも内臓されていた。  妨害電磁波の圏内では、無人機もロボット兵も瞬時にガラクタと化す。可視光は影響を受けないが、通常の電波はもちろん赤外線も攪乱され、通信や遠隔操作やレーダーのロックオンは使い物にならない。遠隔操作に依存する近代兵器だけではない。外部情報を補足するセンサー類が停止して、AI搭載のロボット兵まで動作不良に陥る。  妨害電磁波圏内は、生物としての身体能力が生死を分かつ、極めて原始的な世界なのだ。時として、第六感を研ぎ澄ました者しか生き延びられない突発的な事態が起きる。その時、瞬時に閃いた直感を無視して小賢しく頭を働かせたが最後、窮地に追いつめられると、大滝は経験から熟知していた。 「よし、ホバーに乗りこめ。目的地まで無人機が護衛に付く」  点検整備を担当する技術兵が、各自が身に着けた装備の最終点検を終えると、大滝は部下に声をかけた。ヘッドギアのスピーカー越しに、バリトンのよく通る声が響いた。戦場では周囲の騒音に呼応したAIエコライザーの自動調整が入るが、今は大滝の地声そのままだ。  通常定員十名の中型ホバー装甲車も、一人五百キロもの装備を身に着けた機動歩兵となれば二人が限界である。大滝以下十名の機動歩兵は、五台の装甲車に分乗して、砂埃の尾を引きながらベースキャンプを後にした。 * 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第12話「一石四鳥」 ** 「ブルームーン・パレス」第28話「ワンマン・アーミー」
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