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第6話
耳障りな風切り音と共に、砲弾が立て続けに大滝を襲った。瓦礫にまみれた廃墟の街中に、120ミリ砲弾が白煙の尾を引いて扇形に乱れ飛ぶ。
疾走する戦車の轟音と腹に響く砲弾の発射音に、砲弾が建物や地面に命中するもの凄まじい音が重なり、常人ならば否応なく身がすくみその場にうずくまって動けなくなる。
しかし、大滝は前方を睨み、瓦礫を巧みに避けながら砲弾の間を縫ってダッシュする。今この瞬間に意識が集中してるため、無思考のまま身体が自然に動く。実戦と戦闘シミュレーションで身につけた動きはすでに本能と化していた。
わずか数センチの差で装甲を掠めた砲弾さえ歯牙にもかけず、まさに肉食獣の狩りそのもの、獲物を見据えて凄まじい集中力で戦車を猛追した。
一斉射撃が功を奏さないと見て、ついに戦車の高出力レーザー砲が火ぶたを切った。
火ぶたと言っても、音も光も振動も感知できない。シールドのフィルターを使わない限り目に見えない。だが、戦闘中に視界を遮るフィルターなどかけられないばかりか、照準を合わせられたが最後、目に見える前に被弾している。フィルターなど無意味なのだ。身体の直近を通り過ぎても衝撃さえ感じないが、命中すれば機動スーツごと易々と身体を貫通する。高エネルギー高収束レーザーが「忍び寄る死神」と恐れられる所以だ。
マストドン級戦車の六機のレーザーは、砲台を次々に回転させて冷却時間を稼ぎ、ほとんど間を置かずに連続発射した。その間、照準を合わせるため、120ミリ砲は使わず路面を直進して戦車の振動を抑えた。
大滝は瞬きもせずに逃げる戦車を見詰め、不規則ステップで疾走し続けた。不可視不可触で見定める術がないレーザーだが、決して一か八かの賭けで突進しているわけではない。レーザー砲の回転から発射までのタイミングを、シュミレーションで把握した上で、拡大映像に映るレーザー砲の動きに意識を集中して、目まぐるしく姿勢や位置を変えながら、命中確率を下げていた。
鮮やかなフェイントで、ディフェンダーを次々にかわすアメフトのランニングバックを彷彿とさせる動きだった。とは言っても、それはあくまでたとえ話でしかなく、とうてい人間が対応できる速度ではない。直線距離にしてフットボール・フィールドと同じ100ヤード(約91 m)を、左右にフェイントかけながら四秒フラットで駆け抜けた。
レーザー砲の最初の六照射は、大滝の動きに翻弄されて照準を合わせ損ない、ことごとく虚空に消えた。
戦車は泡を食った。距離を詰められると、120ミリ砲とレーザー砲の死角に入りこまれるため、急加速して追っ手を引き離しにかかった。瓦礫がある路面では、最高時速の百五十キロには及ばないものの、数秒加速をかければ百キロを超える。基本装備のみの機動歩兵の最高速と同等の速度に達する。
しかし、大滝は目をぎらつかせて猛然とダッシュをかけ、斜め横から戦車に追いすがった。
「逃がすか!」
チーターの狩りと同じように、わずかな時間が狩りの成否を左右する。重量のあるマストドンは初動加速に手間取り、機動歩兵のスピードに対応できなかった。大滝の急襲に気づくのがほんの一秒半ほど遅れたのである。
その一秒半で五十メートルまで大滝が接近した時点で、勝負は半ば決していた。
時速百キロで荒れ果てた市街地を疾駆しながら、戦車は車体側面にずらりと並んだ短い砲身から、並走する大滝を目がけて50ミリ通常弾を発射した。
激しく回転するガトリング砲が、一秒間に合わせて千発もの高速小砲弾を発射した反動で、戦車の左側面が浮き上がったが、キャタピラーはしっかり地面を嚙んで猛然と砂煙を上げて疾走し続ける。
壮絶な発射音と共に火を吹いた砲身から煙幕のように煙が噴き出し、疾駆する戦車から後方へたなびいて流れ去った。
視界が戻った時、大滝の姿はその場から消えていた。小砲弾の一斉射撃で吹き飛ばされる直前、大滝は横っ飛びに戦車の背後に回っていた。流れるような一連の動きは、高度なシミュレーション訓練の賜物である。頭で判断するより先に身体が自動的に動いた。
後部砲台の死角をキープしたまま、戦車の背後すれすれに接近すると、後尾フランジに跳び着いて両手で身体を支え、そのまま両膝を斜めに角度がついた装甲に打ち当てた。
エンジンの輻射と強烈な陽射しで熱を帯びた装甲に触れると、機動スーツのサイ・パッドとニー・パッドが吸盤のようにピッタリ貼り付いた。続いて、左腕のエルボー・パッドを同じように戦車の装甲に押し当てて吸着した。
両太ももと左腕で戦車に貼り付いた大滝は、右腕に装着した小型レーザー砲を構えた。対戦車装甲仕様の太い短身を、エンジンに繋がる電気回路基板の位置にあてがいグリップを握ると、砲口の下で装甲が赤く灼けて輝き始めた。
後部カメラで大滝の姿を確認した戦車は、敵を振り落とそうと激しく車体を左右に揺すり、唐突に急制動をかけた。瞬間、身体が宙に浮いたが吸盤は持ちこたえた。
「こうなれば、こっちのものだ!」
ヘッドギアの下で、大滝はニヤリとふてぶてしい笑みを浮かべた。情け容赦なくレーザーを放射し続ける。
戦車の南側を二百メートルほど先回りしたハンスは足を止めて、小型ランチャーを肩から外した。片膝をついて右肩に載せて慎重に照準を定め、戦車前方に位置する五階建ての建物の一階に向けて、小型ミサイルを発射した。
高速ミサイルは糸を引くように廃墟の一階に飛びこみ、次の瞬間、赤い火炎が閃いて黒煙が立ち昇り、轟音と共に建物が盛大に崩壊した。
目前で崩壊した建物を感知したAIが、瓦礫を回避しようと戦車を減速させた。
大滝は減速の瞬間を待っていた。レーザーと通常弾を浴びせかける三台の後部砲の死角に身を潜めたまま姿勢を安定させると、右腕のアーマーを回転して矢じりの先端を切り取ったような短い砲身を、レーザー照射で半ば溶融した装甲の窪みに押し当てた。
「これでも、食らえッ!」
バスっと鈍い音を立てて撃ちこまれた特殊鋼製の砲弾は装甲を易々と貫通した。その直後、マストドンのエンジンが唐突に停止した。激しく回転していたキャタピラの轟音もピタッと途絶えた。ゆるゆると減速した戦車はやがて完全に停止した。
大滝が撃ちこんだ貫通弾のシェルがはじけ、帯電リキッドが装甲内部に噴き出して、エンジン制御基板の電子回路がショートしたのである。
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