泣き鬼とやさしい影鬼

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「鬼遊びしよう!」  そう最初に言った子の名前を思い出せなくなったのは、いつだっただろうか。    元々は「鬼ごと」という五穀豊穣を願い儀式だった。  それを友人の誰かが「鬼遊び」と言って、「鬼役の子が田の子たちを追いかける」という遊びをするようになった。  最初に言い出した友人は蹴鞠と歌が得意だったと思う。  他の子たちも笛や武術、占いなど得意分野があって、とても輝いていた。  私は――どうだっただろう?  長いこと深い霧ばかりをぐるぐる走った。  人影が見えて、追いかけても、追いかけても捕まえられない。  肩や腕に触れた途端、白い煙となって消えてしまう。  いつまで経っても私が鬼で――鬼のまま、終わらない。  それなのに喉も渇かないし、お腹も減らない、眠くもない。  ずっと誰かの背中を追いかけているのに、捕まえられない。  誰も私を認識してくれない。  いつからか、自分が人間じゃないと気付いた。  名前も、自分が何だったのかも剥がれ落ちて、忘れてしまった。  それが悲しくて、泣いてしまった。  わんわん泣いた。  どうせ誰も気付かないなら、零れる涙も、声も誰にも気付かれない。 「どうして泣いているの?」  声がした。上からでも下からでもない。  すぐ傍に、隣に私と同じくらい五、六歳の女の子が立っていた。  艶のある黒髪が印象的で、猫のような大きな目に、幼い顔立ち。異国の服を着ていて膝下が見えてしまっている――不思議な子。 「君は……私のことがわかるの?」 「うん。綺麗な着物なのね。灰色の髪に真っ赤な瞳は、とても綺麗で素敵だと思う」  真っ黒だった髪が灰だらけの嫌いだったのに、その子は綺麗だという。  泣きすぎて酸漿色の瞳を不気味がらずにいる。 「ありがとう。……ずっと何処にも行けなくて、誰かを追いかけていたのだけれど、それも分からなくなって、怖かった」 「そっか。……じゃあ、林檎飴あげる」
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