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唐突に差し出された赤い果実は宝石のように輝いて、とても美しく甘美な香りがした。宝珠にも負けないほど神秘的で、神々の果実に違いない。
今までお腹など減らなかったのに、不思議な気持ちだった。
「今日はお祭りで、お土産に二つ貰ったの! 妹にあげる予定だったんだけど、貴方にあげる。悲しいときは甘い物を食べると元気になるから!」
「いいの?」
「うん! 私は真緋琉、貴方の名前は?」
「私は……思い出せない」
「そっか。……でも、私もいるから、怖くないよ! 私お姉ちゃんだもん!」
深い、深い霧の中で、彼女はお日様のように笑った。
夏風が頬を撫で、涼やかな音色が届く。
人の、街の匂いだ。
りんごあめ、というのはとても甘くて美味しかった。
どんな果実よりも甘く、喉が潤う。
心が満たされていく。
「おいしい……」
「でしょう! いつか甘い物を沢山作る職人さんになるの!」
「女性でもそのような職に就けるのか」
「うん! 一杯頑張れば!」
「そうか」
この子と一緒に帰れるかもしれない。
そう思って彼女の手を掴んだのは、無意識だった。
――捕まえた――
たくさんの笑い声と共に深い霧が一蹴し、気付けば賑やかな神社の境内に佇んでいた。
提灯が煌々と輝き、星々の灯りに頼らずに大地が真昼と同じように輝いている。
(ここは――?)
私と似た着物を着ている者もいるが、異界に迷い込んだように思えた。
周囲を見渡しても先ほどの女の子の姿はない。
(あの子は?)
ゾッとした。
そうだ、私は「鬼遊び」をして鬼だったのだ。
その遊びが続いているのだとしたら、彼女が次の鬼になるのではないだろうか?
「まひ……る?」
喉が渇いて上手く声が出ない。
そんなつもりじゃなかった。
そんなことを願ったわけじゃない。
じわりと、視界が歪む。
「まひるっ……」
神社の裏にある森に薄らと霧が残っているのが見えた。
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