1 プロローグ

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 『心配せずにプロポーズしてこい。お前の母もそうだった様に、お前も唯一を捕まえてこい。中庭だ』  国王のその言葉に満面の笑みで 『ハイッ! その他は伯父様に任せますッ』  と元気よく答え、広間の出口から走り去る娘の背中を微笑みながら見送ると 「さて、出番ですわね」 「そうだな」  そう言って互いの顔を見つめて微笑み合うのアガスティヤ公爵夫妻である。 ×××  アンドリュー・アガスティヤ公爵はアバルティーダ王国現国王の実弟であり、軍部の総帥でもある。  温厚な性格として国民には周知されていて王国軍の若い兵士や騎士達の鍛錬を自ら指導することは有名で、後続の若者達の熱心な育成者としても名高いお方である。  6歳の茶会で出会った現夫人であるオフィーリア・アガスティヤと恋に落ち婿入りを条件に婚約。  (のち)に隣国からの横槍の様な縁談を蹴り真実の愛を得た事は有名過ぎる程有名で、そのラブロマンスは今でも市井で語り継がれている。  しかしその()()()()が理由で一度(ひとたび)国を揺るがすような有事が起こった時、彼が周りが凍り付くような冷徹過ぎる程の司令官へと早変わり出来る人物になってしまった事を知る者は非常に少ない。  そしてその隣に並ぶ時は常に大輪の薔薇も霞みそうな艷やかな微笑みを見せるのが、その妻オフィーリア・アガスティヤ公爵夫人である。  アバルティーダ王国の建国時から続いて来た古い家門の中で『A』から始まる姓を持つ一族は遡れば必ず王族に辿り着くのだが、その中でも武門の家系であるアガスティヤは当時の王弟が興した古い家門だ。  彼女はそのアガスティヤ公爵家の知る人ぞ知る鬼姫将軍。  若い頃に跡継ぎであった兄を失い、代わりに家門を背負って立つ事を余儀なくされたが生来の気の強さと頭の良さ、そして何より類まれな武術への適応力によって其れを可能にした女性である。  先の隣国の王女とのイザコザが元で第2王子、現公爵である夫が戦地で国軍の一個師団と共に敵軍に囲まれた時、たった1人でアンドリュー王子は勿論のこと国軍すらも救い出しついでに相手方の将軍まで討ち取って停戦にまで持ち込んだその手腕は戦場の鬼才、闘いの寵児等と呼ばれた。  しかしその詳しい内容は本人の願いもあり当時の国王と閣僚達により殆どの情報はひた隠しにされた。  何故隠したかったのかというと(ひとえ)に『結婚式の時に恥ずかしいから』という乙女の事情だったが、『実力を周りに見せないように賢く立ち回る為隠した』と妙に斜め方向に受け取られ貴族間では口にしてはいけないタブーとなった。  事実はひた隠しにされたが漏れるところからは漏れるもので、彼女が戦争の回避を果たしたらしいと国民から『英雄』視され『鬼姫将軍』という渾名を囁かれてしまったのは致し方無いオマケのようなものである。
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