俺が好きなのは

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俺が好きなのは

「確かに立場上、華やかな人と接するし、尊敬できる人ばっかりだ。人を魅了する人たちに囲まれて仕事してる」  静かに落ち着いた声はどこか誇らしげでもあった。華やかな人の中に居る自分のことがではなく、魅力的な人と一緒に仕事をできていることが嬉しいのだと伝わってくる。  トキオさんがいるのは人を惹きつける世界。トキオさんの気持ちを疑いたくはないけど、いつか僕という存在は霞んでしまうのではないかと胸に痛みが走る。  そんな僕にトキオさんはゆっくり、しっかりと言葉を続けた。 「でも、それでも。俺が好きなのは結月だけだ。特別に思ってるのは結月だけなんだ」 「トキオさん……」  真剣に、真っ直ぐに向けられる言葉。トキオさんからの好意は毎日のハグや、何気ないやり取りで十分感じている。僕のことを本気で好いてくれているのだと何度も実感している。  けど、こうしてはっきり言葉にしてもらえて、自然と目頭が熱くなった。喉が締まり、苦しくなる。 「俺の気持ちを知っていても、この仕事を受け入れるのは難しいと思う。もし……もし結月が何か思うところがあるなら、受ける仕事を変えられないか事務所と相談していこうと考えてる」 「いえ、大丈夫です」  あんなにモヤモヤしていたのが嘘かのように、僕の心は軽くなっていた。トキオさんへの返事も、考える前に口から滑り出る。 「たぶん僕は、俳優さんと付き合うことがよくわかってなかったんです。僕とトキオさんが付き合うだけだって。でもやっぱり俳優さんは特殊なお仕事で、立場も複雑で……けどもう大丈夫です。今日、たくさん見て、知ることができましたから」  よくわからないから不安が生まれて、その不安を見て見ぬふりをしようとしたから、自分でも「トキオさんと付き合う」ってどうすれば良いのかわからなくなった。  でもトキオさんがいる世界のことを、トキオさんが大切にしているものを少しだけでも見られたから、もう大丈夫だと思える。  トキオさんが大切にしているものを僕も大切にしたいと心から思った。 「結月……わかった。もし、また何かあれば些細なことでも言ってくれ。結月が離れるなんて嫌だから」 「ありがとうございます。でも僕、トキオさんから離れることはないですよ」  笑ってそういえば、トキオさんも安堵したように微笑んだ。自然と、触りたいなと思う。トキオさんに触りたい。  そんな僕の考えを見抜いたのか、トキオさんも同じことを思ったのか、立ち上がった体は近づいてくる。  すぐにまわされた腕の中でトキオさんに包まれる。息を吸い込むと安心する匂いがして、幸せだなぁと呟いていた。 「今すぐキスしたいけど、ここじゃな……この後の撮影も頑張るから、家で待っててくれるか? そろそろマネージャーが来る時間だよな」 「もうそんな時間だったんですね」  色んな都合でこの後の撮影には見学者は入ることができなかった。まだ仕事があるトキオさんに代わり、トキオさんのマネージャーさんが僕を送り届けてくれることになっている。 「はい、楽しみにしてますね。夜はたくさんトキオさんに触らせてください」  一緒に帰れないことに寂しさもあるけど、夜を楽しみに我慢だと自分に言い聞かせる。  一瞬息を詰まらせたトキオさんは、また僕を強く抱き締めた。
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