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「魔女様、ただいま戻りました」
森に住むもう一人の住人が戻って来た。魔女と同じ年頃に見えるその青年は、背中には食料や薬草などがぎっしり詰まった鞄を背負っている。おまけに鳥が一羽収まった鳥かごまで提げて、青年の身体の倍に膨れ上がっているかに見えた。
小さな小屋の小さなドアをようやくくぐり、青年は重い荷物を床におろそうとした。その瞬間、室内の光景が青年の視界に入った。
「な、なんだこれ……!!」
青年は荷物を取り落として、わなわな震えていた。その声に、椅子で優雅に眠っていた魔女が目を覚ました。
「ああ、おはよう、生け贄くん」
「そこは『おかえり』と言って下さい。そうじゃなくて、これはいったいどうしたんですか?」
青年が何を驚いているのかまったく分からない魔女は、首を傾げる。青年は焦りと苛立ちが混ざった顔で、捲し立てた。
「家の中が……とてもきれいです」
そう、家の中は片付いていた。塵一つ落ちていないほどに。
「どうしたんですか。僕が一日家を空けようものなら足の踏み場がなくなるのに」
「失礼な。私だってその……やればできるんだ」
「できないのが魔女様でしょう」
この上なく不本意な物言いだが、魔女は反論できなかった。どうにか言い返そうと考えていると、ドア付近から小さな声が聞こえた。
「あの……お掃除、終わりました」
そこに立っていたのは、掃除用具を手にした少女。その出で立ちを見て、青年はすべてを理解した。
「なるほど、そういうことですか」
青年はにっこり微笑み、まだびくびくしている少女に歩み寄った。青年の半分ほどの背丈の少女に合わせてしゃがみ、できるだけ視線を合わせて、青年は告げる。
「掃除をしてくれてありがとう。だけど君がそんなことをする必要はないんだよ。この人の生け贄は僕一人。つまり、お世話は僕の役目だから」
「つ、尽くしたらお願いを叶えてくれるって……」
青年が、くるりと魔女を振り返る。魔女は視線を逸らしたまま黙り込んだ。少女の言う通りだと、認めたようだ。
「まぁ、ここまでしてもらったんだ。できることはしないとね。お願いって、なんだい?」
この部屋をキレイにするのは骨が折れただろう。そう思ってのことだ。
だが少女は、いざ尋ねられるともじもじして、口にするべきかどうか迷っているようだった。
「あ、あの……掃除しただけでこんなことを頼んでは怒られるかも……」
「大丈夫。大仕事をやり遂げたんだ。何でも言ってごらん」
少女は「じゃあ」と言って、おそるおそる、ぽつりぽつりと、言葉を紡いだ。
「お兄ちゃんに、手紙を届けたいんです」
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