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――森の奥には魔女が住んでいる。
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大昔、世界は悪魔によって呪われた。病気、災害、戦争、貧困……世界はありとあらゆる苦しみに溢れていった。悪魔と契約し、その力を与えられた眷属たちは、いつしか呪いによって苦しむ人々を哀れみ、生け贄と引き換えにその力を貸すことを約束した。
その眷属たちを、今日では「魔女」と呼ぶ。
魔女は、そこいる。悪魔の力を人間のために使う代わりに、生け贄を求める、尊くも恐ろしい存在。
――という言い伝えだったが、実情は時と共に移ろいゆくようで……
「今は生け贄はとらないことにしているんだ。すまないが帰ってくれないか」
自らの身を犠牲にしてでも救いを求めてきた、七つか八つほどの幼い少女に対して、そんな慈悲深いのか無碍なのか、よくわからない言葉を魔女は返すのだった。
のんびり昼寝をしていたらしいところを大きなノック音で叩き起こしてしまい、ちょっと寝ぼけている様子なので、致し方ないとも思えるが。
それでも少女は、魔女の言葉に狼狽えている。
「で、でも……魔女様は、生け贄の代わりに村を助けてくれるんじゃ……?」
「うーん、でも生け贄は足りてるんだ。願い事なら、代わりに何か供物をおくれ」
「村の人全員に関係してるんです! 特に男の人たちに……!」
その必死の叫び声に、魔女は瞬きして、そして言葉をつぐんだ。
「そうか。この村は今、男手がほぼ全員いないんだったな」
少女は頷いた。今、少女の村に残されているのは女子供と老人のみ。春に戦争が始まったため、男手の必要なあらゆる仕事が滞り、僅かな蓄えでかろうじて食いつないでいる状態だった。
『戦の呪い』と村人が囁いていたのを、耳にした。
「そうだな」
魔女はちらりと家の中を見回した。そして少し考え込んだ後、少女に向けてニッコリ微笑んだ。
「では今日一日、私に尽くしてくれ。そうすれば君の願いを叶えようじゃないか」
「ほ、本当ですか!?」
魔女は頷き、少女を小屋に招き入れた。
湖のほとりに建つ、小さいながらも幻想的な佇まいの小屋だった。家の周りには畑があり、野菜や薬草らしきものが植わっている。
森の木々の合間から木漏れ日を受けて明るく照らされた、宝石箱のような家だと少女は思ったのだった。
その家に一歩、足を踏み入れるまでは……
「え、どうしてこんなに汚……いえ、散らかって……?」
「私に尽くしておくれ、生け贄の少女よ。夕方、あの子が戻ってくるまでに、この家をきれいにするんだ」
少女は今更ながらに自分の言ったことを後悔した。だが、これを断れば後がないことに変わりない。
自分で自分の頬をパシパシ叩いて、袖をまくり上げて、屋内へと踏み込んでいった。
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